目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第73話その後 3


「それでどうかしら? 彼に今後のエムレオスを任せたいと思うのだけど」


 レシファーはピックルの手を取りながらミラレスに向き合う。


 彼がどう出るか? 御しやすい相手と喜ぶのか、それともふざけるなと怒りだすのか……それか、本気で支援してくれるのか?


「ハハハハハ」


 ミラレスは腹を抱えて笑いだした。


「何がおかしいのですか?」


 そう問うレシファーの声は若干震えている。


「いやいや失敬失敬。あまりに予想外の人選だったものだから驚いただけだ。しかし、そうか……俺はいいと思う。先ほどのレシファーの宣言通り、平和な異界を目指すならこの人選は理にかなっている。力による支配を止めましょうと語っていた町の次の盟主が、戦闘能力皆無の悪魔であれば、先程の説得力も増すというものだ」


 そう話すミラレスの言葉に裏は無いと確信できた。


 彼の目が、表情が、仕草が、本当にピックルの盟主就任を歓迎していることを告げていた。


「俺はレシファーのやろうとしていることが気にいった。その大胆さが好きだ。そしてそこのピックルとやらのエムレオス盟主就任は歓迎だ。しかし、しばらくは危険を伴うかもしれない」


「どういう事?」


 私は思わずミラレスに聞き返す。


 私達はアザゼルを倒した。レシファーの演説も、数日のうちに異界全土に広がるだろう。


 まだ危険があるというのか?


「アレシア。アザゼルが盟主だった町、アギオンはいまだ健在だ。全ての住人がアザゼルに心から従っていたとは言えないが、他の町の悪魔共よりはアザゼル派だ。そんな彼らが、お前とレシファーが去ったエムレオスに、なんの危害も加えないとは言い切れない」


 私はただ黙って頷く。


 彼の言う通りだ。全くもってその視点が欠けていた。トップを失ったからと言って、いきなり考え方が変わるわけではない。異界の仕組みが変わることはない。異界には異界の歴史があるのだから。


「だからこそ、俺が目を光らせておこう」


 ミラレスは力強く宣言する。


「良いのですか?」


 レシファーも流石に驚く。


「ああ構わない。俺は俺で異界の今後について考えた時、レシファーの示した未来に可能性を感じた。だからこそ協力は惜しまない。それに目を光らすと言っても、この町に滞在するわけではない。俺は俺でデスパレードから見守ろう」


 ミラレスが見張ってくれるのなら心強い。正直、エムレオスの安全が確保される前にここを離れるのを半ば諦めていたから。


 それに私達があちらの世界に行ってしまえば、そう易々とは異界には戻れない。


 門番は確かにレシファーとポックリにつけられた呪いを解除すると約束してくれたが、自由に異界とあちらの世界の行き来を保障してくれたわけではない。


「その申し出には心から感謝します。私も私で門番に自由に行き来できるように交渉します」


「たぶん無理だろうな」


 ミラレスはそう予想する。


「ダメで元々です」


 あのゲートの門番は、知性のある生き物というよりも、世界を繋ぐ機能のように思える。話がスムーズに進むとは考えにくい。


「それはそうと、俺は一つ疑問だったのだが」


 ミラレスは改まって私に顔を向ける。


「何かしら?」


 一体何を聞かれるのだろう?


「失礼ながら、あちらの世界。魔女キテラが用意した結界の中にはもう魔女はいないのだろう? なぜわざわざそんな所に帰るんだい? この異界の方が仲間も大勢いるし、ここの居心地も悪くは無いはずだ。なぜ戻る?」


 ミラレスは神妙な顔で私に問いかける。


 質問を聞いた時、正直ホッとした。何を聞かれるかと身構えていたから。


 こんなの決まっている。答えは最初から決まっている。


 私の帰る理由は……


「私は魔女よ。魔と人間の間。だったら異界と人間界の狭間であるあの空間こそ、私がいるべきところよ。それに……門番との約束もあるしね」


 私は当たり前のように言い放つ。それに、理由はそれだけじゃない。


「それと……私はもう疲れた。長く生きすぎた。人間の肉体とほとんど同じでありながら、三〇〇年以上生きてきた。肉体は魔法でどうとでもなる。それに不死の呪いも継続している。だけど、精神はもう疲れたの。三〇〇年という歳月もそうだけど、今この瞬間に至るまでが壮絶過ぎて、人と接するのがしんどくなってきている。そう自覚する私がいる。心の内にいる。そんな私の我儘にレシファーとポックリには付き合ってもらう。彼女達は、私にとっての光だから」


 それにもう一人の大切な彼も……


「そうか……変なことを聞いてすまなかった」


「別に構わないわ。それよりも私達が留守のあいだ、エムレオスを脅威から守って。お願いするわ」


 私はミラレスに頭を下げる。


 レシファーとポックリを、私の我儘で連れて行くのだ。


 その後の異界にもしっかり向き合わないと。


「任されよう」


 ミラレスは再び神妙な顔をして頷くと、席を立つ。


「どちらへ?」


「俺達はもう戻る。レシファーの演説を録音した宝玉もあるしな」


 レシファーの問いかけにミラレスは答える。彼が席を立つと、彼の部下の悪魔達も一斉に立ち上がり、続々と部屋を出ていく。


「外からの脅威は俺が取り除く。中はしっかりやれよ」


 彼はそう言い残し、部屋を後にした。




「思わぬ展開になったわね」


 私は本音が口から飛び出す。


 最初は他の町への連絡や、今後のエムレオスとのやり取りについて何も考えが浮かんでいなかったが、まさか他の冠位の悪魔の助けが入るとは夢にも思わなかった。


「そうですね。でも本当にありがたいです。アザゼルを倒した後の事で、一番ネックだったのは他の町の悪魔達の反応でしたが、そこをミラレスがなんとか守ってくれるというのですから」


 レシファーは心から嬉しそうに笑う。


 これで後はエムレオスの中の事だけに集中できる。


「いきなりこんな事になってごめんね、ピックル」


 私は急遽エムレオスの盟主に据えられることになったピックルに声をかける。


「いえ、お二人が無事で、尚且つあのアザゼルを倒したのですからなんでもします。おいらも全身全霊で、エムレオスを健全に保ちたいと思います!」


 ピックルはそう息まいた。


 彼がここまでやる気なのは意外だが、初めてレシファーに頼られたのがよっぽど嬉しかったのかも知れない。


「それではとりあえず顔合わせと行きましょうか」


 レシファーは立ち上がる。


「何処に行くの?」


「隣接した作戦会議室です。ついてきてください」


 私達はレシファーに続いて部屋を出る。


 レシファーの後に続きながら時折後ろを振りかえると、ポックリとピックルが何やら面白おかしく談笑している。


 こんな光景が見れるとは思ってもみなかった。


 ピックルは迫害されて町の外へ、ポックリはクローデッドと契約してあちらの世界へ旅立っていた。


 そんな二人がエムレオスの中で談笑している。


 なんとも言えない気持ちになる。


 今でも瞼の裏に残っているのは、ポックリが死んだクローデッドの体に寄り添っている場面。あの時のポックリの表情は一生忘れないだろう。


「中に数名の悪魔を呼んであります」


 私はレシファーの言葉で我に返る。


 いけないいけない。今は集中しなくちゃ。


 私は一度深呼吸をする。


 そんな私を見て、レシファーは扉を開けた。


「待っておりました」


 中にはカリギュラをはじめとした、町の立て直しにいそしんでいた四体の悪魔が座っていた。


「ポックリとピックルも中へ」


 レシファーに促され、二人も部屋の中へ入っていく。


「皆さん、彼がピックル。その昔、この町の者達に弱いからと迫害され、エムレオスのはずれの沼地に住んでいた悪魔達の代表です。そしてこの町の新たな盟主として働いてもらおうと考えています」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?