混沌としたあと、アシュリーの緋色に染まっていた瞳がアメジスト色を取り戻したのを見て、レイラは息をつく。繋がりを深めた彼をよりいっそういとおしく感じながら腕を伸ばした。
熱に浮かされた時間だけではなく、きちんと彼に想いを伝えたい。そう思って口を開こうとしたとき、アシュリーが動くのが早かった。
レイラの唇をそっと塞いだのだ。
また言葉を封じるつもりなのか、と目で訴えると、アシュリーは微笑んでから唇を離した。
「私に先に言わせてください」
そう言い添えてからレイラをしっかりと見つめて彼は言った。
「愛しています。我が君……誰より愛おしい姫君」
「アシュリー……私もよ。あなたを愛してる」
口づけを交わしたその時、光の粒子が二人を包んだ。
「これは……」
「精霊の祝福でしょうか。まさか、でも……」
アシュリーが困惑した声を漏らす。祝福という前向きな言葉であるはずが、レイラも心配になってしまった。
「何かあるの?」
「婚姻を赦された二人の間にのみ、訪れる精霊の光です。婚儀の間で幾度か目にしたことがあります。でも、なぜ……」
「あなたの呪詛が解けた証というわけではないのかしら?」
「たしかに呪詛の強烈な苦しみや、激しい衝動は落ち着いていますが……」
そして、レイラの感情も落ち着いて満たされている。
「ノーマン様に確認してもらった方がよいでしょうね」
アシュリーがそう言い、レイラから離れようとする。寂しく感じていると、彼は隣にぽすりと横たえてきてレイラの頬に手を伸ばした。
「ですが、もう少しゆっくりこうしていましょう」
レイラは頷いて、アシュリーの胸に頬を埋める。彼の肌の匂いを嗅ぎ、鼓動の振動が頬に伝わるのが心地よかった。
「ずっと、ずっとこうしていられたら……どれほどいいのかしら」
「レイラ様……」
アシュリーが身動ぎしたのに気付いてレイラは顔を上げた。彼の澄んだ瞳を見て、レイラは微笑む。
「あなたの、明け方の空みたいな瞳の色が好き。新しい今日を迎えられた……って思えるの」
そう伝えてからレイラは言い直した。
「ずっとこうしていたいって言うのにって、あなたは今思ったでしょう? 矛盾してるわよね」
「いえ。私も同じことを思っていましたから」
アシュリーは言って、レイラの瞼にそっと口づけを落とす。くすぐったくて片目を瞑ると、彼が愛おしそうに見つめている眼差しにドキリとする。
「あなたのどこまでも深い海のような、それでいて澄んだ空の青のような、その瞳に見つめられると……私は、また【明日】を約束したくなるのです」
「約束、してほしいわ」
レイラは小指を差し出した。アシュリーには知らない慣習かもしれないけれど。
戸惑う彼の指を絡めて、レイラは指きりをする。
「必ず、私に明日を届けてほしい。毎日、あなたの顔が見たい。だからずっと約束して」
「わかりました。きっと約束しましょう。我が愛しい……姫君」
ぐっと小指を絡めたあと、アシュリーが息を詰める。それからレイラの唇に誓いを捧げた。互いを包み込むように食み合うくちづけは心地よく、それから互いに抱きしめ合うその抱擁にホッとする。
以前にもこんなふうに寄り添っていたことはあったけれど、あのときは苦しい気持ちの方が大きかった。でも今は、とても安らぎを感じていられる。
好きな人に抱かれて得られるものの意味をレイラはこの日初めて知った。
(本当に、ずっとこうしていられたら……)
アシュリーの腕の中でまどろむと、やっと自分の半身が戻ってきたようなそんな安堵感に包まれていた。
それから――。
互いに身支度を整えて気持ちを落ち着けたあと、二人は揃ってノーマンの元を訪ねた。
「なるほど……状況は把握いたしました」
ノーマンはしばし剣呑な光を瞳に宿していたが、やがて穏やかな風に包まれるように肩の荷をおろした。
「呪詛はたしかに消えたようです。それだけではない現象……これは、聖王女様の力すべてその身を器とすることで、聖騎士にその力を譲渡されたようですね」
「譲渡?」
「精霊の加護が見えたのはそのせいでしょうか」
「ええ。精霊は祝福の場を好みます。二人が結ばれたことを喜んでいたのでしょうね」
と言いながらも複雑な顔をしているノーマンのことが気にかかった。
「譲渡……と言ったわよね。何か、よくないのかしら」
「それについてはご心配に及びません。以前にお伝えした、他の騎士を選び直すといった譲渡の儀式のことではございませんよ」
ノーマンはかぶりを振ったあと、さらに話を続けた。
「聖王女様の器は満たされました。他の騎士からの力を注ぐ必要はなくなった。そしてその力のすべてが、聖騎士であるアシュリーに渡った……ここまで理解できますか?」
「ええ」
「つまり聖王女様の身代わりである魔法石は力を失い、聖騎士が持つ聖剣にすべて力を譲渡したのです。二人、そのツガイが対である必要がなくなった。つまり、聖騎士であるアシュリーはそのまま騎士として国に仕えることになりますが、あなたは少なくとも聖女としての役目から解放された――ということですよ。レイラ様」
「……!」