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33)


「それじゃあ」

「薄々感じていたことですが、ね」

 と、ノーマンはレイラとアシュリーの恋の行方についてもわかっていて黙っていたらしいことが伝わってくる。

「聖王女が必要なくなった状況下では、王女と聖騎士の関係ならば、想い合うお二人の結婚は赦されます。だから精霊が祝福に現れたのです」

 レイラは思わずアシュリーに抱き着きたくなったが、アシュリーが自分の手に視線を落としたのが気にかかった。

「感じますか? 力の波動、その脈動……身に余るものではありませんか?」

 ノーマンがアシュリーを窺うように見ている。まるで聖剣を検めるかのように慎重な眼差しで。一方、アシュリーは迷いを振り切るようにノーマンを見た。

「大丈夫です。我が力として身の内に据えられた気配を感じました。この力は必ずや我が国のために捧げます」

「よろしい。聖剣は持つ者の心次第で、幸福或いは災禍を引き寄せると言われます。身に余る力は魂を食い破ることもある……まあ、忍耐強いアシュリーならばきっと大丈夫でしょう」

 ノーマンのお墨付きをもらえ、側で固唾をのんでいたレイラはほっとため息をついた。

「しかしよくここまで契りも交わさずに耐えていられましたね。なるほど、奇跡を起こしたのも愛、というわけですか」

 ノーマンが感じ入ったように言う。

 レイラとアシュリーはお互いに顔を見合わせて気恥ずかしくなってしまった。

「しかし、ここでめでたしめでたし、ではないのですよ。レイラ様、あなたは聖女の力を失いましたが、今も王女であることには変わりありませんからね」

「わかっているわ」

「……但し、国王陛下の世継ぎになるべく者は、聖騎士アシュリーが、騎士王として戴冠するそのときまでの話です。あなたは騎士王の伴侶という立場に変わります」

「それって……」

「いずれ迎える未来……国王陛下のお妃に相応しいレディでいてもらわなくては困ります。今後は、妃教育をしっかりと叩きこまれるとよいでしょう」

 ノーマンの皮肉げな口上はいつもの通り。だが、彼の気配からは同時に喜ばしい光のようなものを感じる。

 レイラはとっくに聖女の力を譲渡して失ったわけだから、きっとこれはノーマン自身のものだ。

「ノーマンが精霊だと思うと、なんだかちょっと……怖いものがあるわ」

 精霊の形で存在していたら、いつもストーキングされているのではないかと気が気ではなくなりそうだ。

「どういう意味ですか。たしかに私は魔法を扱います。精霊に近いといえばそうですがね」

「ただ、あなたからも祝福の気配を感じたのよ」

「私の審美眼に間違いがなかったことを喜んでいるのですよ。ですから、今後もビシバシとあなたがたの身分に相応しい指導をさせていただく次第です」

 ただならぬノーマンの野心に、レイラはなんだかぞぞっと背筋が寒くなるのを感じた。

「ノーマン様は頼りになる御仁です。今後のレイラ様にとっても、そして私にとっても……我々にとっても」

 アシュリーの言葉に、レイラは彼を振り向く。凜とした輝きをまとった彼を直視するのはなんだか眩しすぎて、目を細めてしまう。

「あーごほん。お二人の結婚式につきましては、来たる初冬の候、今から二週間後に行われる国王陛下の誕生祭が落ち着く頃、事のなりゆきを円卓の騎士たちに通達し、さらに上の者と共に宮廷会議に出席したあと、諸々相談の上で予定を検討させていただきます。ですから、そのつもりでお過ごしください」

 ノーマンの早口ではすべてを把握するのは難しかったが、とにかくもう少し待っていてほしいということだ。

 結婚、という言葉に、胸が熱くなってくる。結ばれることは叶わないものだと思っていた。あくまでも役目を果たすツガイの二人で在り続けるしかないのだと。

 でも、これからは二人が望めば、アシュリーと夫婦になることができるのだ。

 喜びに胸を膨らませていると、アシュリーが、お待ちください、と口を開いた。

「ノーマン様、貴殿が祝福してくださるのは有難いのですが、私の方からもひとつ。結婚については……少しお待ちいただけないでしょうか」



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