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34)

「おや。それは何故? 役目を失った王女には興味がありませんか」

 ノーマンは嫌味のように言っただけだと思うのだが、直接的なその言葉にレイラはショックを受けた。しかし即座にアシュリーが否定する。

「いえ、まさか。そんなわけありません。ですが、役目のために受け身でなくてはならなかった今までのことを思えばこそ……流されるままにではなく、来たるべきときに、私からレイラ様にきちんと結婚を申し込みたいのです」

 迷いのない凜とした姿勢で、アシュリーが申し出るその様子に、レイラの胸の裡側があたたかくなる。

(アシュリー……そんなふうに考えてくれていたのね。そういうところだわ。あなたの好きなところ)

 レイラがますますアシュリーに惚れ込む一方、ノーマンはやや呆気にとられていた。

「――だそうですよ。まったく生真面目な男の象徴そのものですね。他の騎士たちに見習ってもらいたいくらいですよ」

 やれやれ、と言いながらも、やはりノーマンからは祝福の気配を感じ取ることができる。

「……よかったですね。かつての灰かぶり姫」

 肩の荷が下りたかのようにノーマンが言う。その声はいつになくどこまでもやさしかった。

「灰かぶり姫だなんて、久しぶりに聞いたわね……最後には、本の虫って呼ばれていたけど」

「なんですか、それは……」

 ノーマンがしょっぱい顔をした。

「本の虫、ですか。誉め言葉ではありますけれど……」

 アシュリーはまた別の反応を見せる。読書家の彼らしい発言だった。

 しかし。あの魔法使いのノーマンと接触した日のことを思い出すと、ひょっとしてノーマンはあのときからもうこうなることを予期し、レイラを聖王女の器に選ぶように仕向けたのではないだろうか。

 聖女と騎士にだけではなく、魔法使いの彼にだってお役目があるはずなのだから。

 しかしノーマンは自分について過分なことは言わない性質だ。今も言うつもりはないのだろう。じっとレイラが真偽を問う瞳を向けると、思い出したかのようにノーマンは片方の掌にもう片方の手の拳をぽんと乗せた。

「メイスン伯爵の家に、招待状を出しましょうか? イザベル伯爵夫人が執拗に書簡を送ってくるもので、私の執務室のデスクが山という山で雪崩が起きかねないとんでもないことになっているのですよ」

「え……お義母様からお手紙が届いていたの?」

 そんなことは初耳だった。

 だが、ノーマンとしてもそれをレイラに届けるわけにはいかなかったのだということは彼の表情を見れば一目瞭然だった。

「ええ。手紙というよりも苦情、批判、罵詈雑言……ですね。主に……なぜ、ベリンダ様とセシリア様を宮廷に上げなかったのか、と」

 頭が痛い、とノーマンが項垂れる。

「そ、そうだったのね」

 それならあえて伏せているのも納得だ。

 イザベルが嫉妬深く執着心の強い女であることは、レイラが身をもって経験しているから想像に難くない。

「あれから結構日が経つのにまだ届いているのですから、ここではっきり思い知らせるという意味でも特等席にご招待して差し上げましょうか」

 ノーマンのタチの悪い性格も忘れてはいけなかった。

 しかし、レイラとしてはもうメイスン伯爵家のことをどうこう言うつもりはない。

 ただ、愛するアシュリーと共に生きられる道が拓かれたこと、それが奇跡のように嬉しいのだ。

【奇跡】はそう何度も起こるものではないと思っていた。けれど、強く望めばこそ、叶えられることもあるのだということを知った。

「これからも私と共に、いてくださいますか」

 アシュリーがレイラに向き直り、そして跪く。

「ええ。もちろんよ。私のただ一人の騎士……アシュリー」

「では、今後も、我が君のために、そして我が姫君のために……尽くすことを誓いましょう」

 アシュリーからの手の甲への誓いを受けたあと、レイラは彼に微笑み返した。

 いつか、二人が正式に夫婦になれる日を願いながら――。






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