「豪邸……?」
サラはリビングに入ってすぐ、口をぽかんと開けたまま固まった。エステルはそんなサラを見て、そんな大げさな、とあきれていた。
大人が四、五人集まって寝転がっても余裕な広さだ。しかもちゃんと――というかむしろ立派な家具までそろっているし、暖炉もあるし、明かりも灯っている。薄暗い森の中にあることを忘れるほど、ここはキラキラしていた。
ポスカは広々としたリビングの真ん中に立って部屋中を見回しながら、満足した様子で説明する。
「洞窟の圧迫感を和らげるために、とにかく広く作った。天井も高くして開放感を感じられるようにしてみた。あとは明るさも重視している。やはり一日中暗い森の中にいると気が滅入るだろうからな」
ポスカはテーブルに近づき、天板に手を乗せ、温かみのある木の感触を確かめる。
「家具は石製にするか木製にするかで迷ったが、石だと冷たい印象になるから、木製にしてみた。幸いここには木材がいくらでもあるし、気に入らなければやり直せばいい」
ひたすら感動していただけのサラは、ハッと我に返ったかと思うと、目を真ん丸に見開いてポスカに迫った。
「ど、ど、ど、どうやったの!? なんでテーブルとか棚まであるの!?」
ポスカは、なんだそんなことか、というふうに、さぞ当たり前のように、
「洞窟ハウスを形成する過程で飲み込んだ樹木を瞬間成長させてから加工した。まあ、細かいところは粗が見えるだろうが勘弁してくれ」
「粗!? あたし、こんなお洒落な家具とかお部屋とか、見たことないんですけど!」
恐らく原理は1つも分からなかっただろうが、そんなこと気にせずサラは穴の開くほどテーブルを見つめていた。
「次へ行こう。キッチンについては、そんなに凝った料理は作らないだろうと思って最低限のものしか作らなかった」
キッチンへ移動すると、ここもかなり悠々とした広さがあった。何人かで同時に作業をしても互いに邪魔にならないだろう。
かまどの上にはフライパンが置かれ、壁にはいくつもの鍋、包丁、お玉などが掛けてある。食材を切るための台や、収納棚もある。
「これも全部作ったの!?」
サラは壁に並んだ料理道具を指差した。
「そうだ。あまり使うことはないかもしれないが、俺以外が料理をすることもあるかと思ってな」
「ポスカ様はその強大な魔力だけで料理もできてしまうので、道具など不要ですが、そうでない者のために一応道具をそろえた、というわけです。まさに万能」
エステルが補足説明した。
「万能ではない。食材を浮かせて空中で調理できても、さすがに食べるためには皿やコップは必要だ。おのおのの口に向かって料理を飛ばすわけにもいかない」
「お下品ですねえ。幼い頃、誰か様がよくやっていたような気もしますが」
「……忘れてくれ」
「く、空中で料理するんだ……見てみたいかも……」
包丁も鍋も使わずに空中でどうやって料理するのだろう、とサラは想像してみたが、何もイメージが浮かばなくてあきらめた。
「さて次にトイレと風呂だが……」
と、ポスカがまた移動を始めたので、サラはわくわくしながら後を追った。
「こっちがトイレ。あっちが風呂だ」
サラはまずトイレを見た。やはり広々としているし、村のトイレとは比較にならないほどきれいで清潔そうだ。
「ここから地下へと落ちていき、地下の半永久の炎の魔法で焼かれて燃えカスになる。ゆえに匂わない。さらにこの部屋は全体に半永久の浄化魔法をかけてあり、常時、自動的に浄化されて清潔が保たれる」
「えっと、つまり、その……」
「何もしなくても常に綺麗で清潔だということです」
エステルの補足のおかげで、サラは理解できた。
「は、はい……」
すべてがサラの想像を遥かに超えていた。
「あー、ちなみに。半永久というのは、永久ではないのだが、俺たちが生きているくらいの間は効果がずっと続くくらい魔法を重ね掛けしてある、という意味にとらえてくれ」
「あのう、正直、あたしにはよく分かりません」
分からないというより、驚きすぎて説明が頭に入ってこないのだった。
「理解する必要などありません。そういうものだと思えばいいのです。あなたが理解すべきなのは、たった1つの事実――すなわち、ポスカ様の魔力が桁違いだということだけ分かればよろしいのです」
エステルがきっぱりと言った。
サラはとりあえず、何度もうなずいておいた。
「で、風呂だが……」
今度はどんなすごいものが出てくるのだろう、とサラは前屈みになる。風呂場のドアを開けると、脱衣スペースにモワッと湯気が流れ込んできた。泳げるほど巨大な湯船には、すでに熱々の湯が張られている。
「お風呂が、もう湧いてる……」
サラはまたまた衝撃を受けて固まった。
「複数の魔法を組み合わせて、常時、地下から熱水を組み上げている。だからいつでも熱い湯に入れる。使った湯はまた地下に戻すから地下水は枯れない。湿気はこの換気孔から外に出るようにしてあるし、浄化魔法もかけてあるから掃除は不要だ。まあ、この家と家にある設備全般に言えることだが、掃除やメンテナンスは不要だ。万が一、不具合があれば言ってもらえればすぐ直す」
掃除の要らない家。サラは軽くめまいがして倒れそうになったが、倒れた先にはなぜかポスカがいて、抱き止められていた。
「すっ、すみませんっ!」
「まだ体力が戻っていないのだろう。今日は早めに寝たほうがいい」
サラは自分の足で立ったが、なんだか身体がふわふわして現実感に乏しい。
「あ、あの、ちょっといいですか?」
「なんだ?」
「あたし、本当に……ホントのホントに、ここに住んでもいいの……?」
「そうだと言わなかったか?」
「だってあたし、お金もないし。今日、会ったばかりの他人なのに」
「別にかまわん。金を持ってたとしても、俺はいま金に困っていないから取る気はないし、親友も配偶者も最初は他人だったと考えればどうだ?」
「それは、確かにそうだけど……。なんだか、夢みたいで……」
サラは自分が泣いていることに気づいた。涙が止まらない。だけどそれは温かい涙だ。
「慣れればだんだん気持ちが現実に追いつくだろう」
「あの、もう一回聞かせてください。ホントのホントのホントに、あたし、ここに居ていいの?」
「いい」
「じゃ、じゃあ、……いつまで?」
「いつまででも。好きなだけ」
「………………」
いろいろな記憶と感情が、一気に胸に流れ込んできた。涙があふれて止まらない。ぼたぼたと大粒の滴が床に落ちるが、その染みはスッと浄化されて消える。
「ポスカ様あああああああぁっっっ!!」
サラはこの魔界の王子を思いきり抱き締めた。王子は少し困ったような様子で、
「ポスカでいい。サラは俺の従者ではないわけだし、人間が魔族に『様』をつけて呼ぶのは変だろう。俺が人間を奴隷にしていると勘違いされる可能性もある」
「いいえ、変だろうがなんだろうがポスカ様と呼ばせてくださぁいっ! むしろ奴隷にしてくださぁいっ! すごいです! すごすぎますっ! ポスカ様最高っ! 神っ! あたしの神様っ! 一生ついてきまぁすっ!」
「ポスカ様をあがめるのは構いませんが、抱き着くのはやめてもらえますかねえ?」
エステルがサラを忌々しそうににらんだ。
「イヤです抱き着きまぁすっ! ポスカ様ぁ! こんなあたしに手を差し伸べてくれて、ありがとうっ! 本当にありがとうございまぁすっ!」
「ああ、気持ちは分かったから、離れてくれるか? 動きにくい」
「はいっ! 離れます!」
サラはさっとポスカから身体を離した。
「ポスカ様、この女を殴ってもよろしいですか?」
エステルは笑顔で腕まくりする。
「いや、それはやめてやれ……。サラはあくまで保護の対象だ」
「エステルさん、残念でしたねー」
サラもエステルに、にっこにこの笑顔を返す。頬にはまだ涙の跡が残っていた。
「ここが魔獣のひしめく森だということを忘れないほうが良いですよ。悲しい事故が起こらないとも限りませんからねえ」
エステルはそう言って拳を下ろした。
「あ、そういえばポスカ様、あたしたち、どこで寝るの?」