一緒に住み始めた五月とたわいもない会話をしながら業務用角砂糖をふんだんにぶち込んだコーヒーを嗜み、コーヒーを飲みながらその辺にとっ散らかっているブロッコリーやトマトとも話していると、電話が鳴った。
午後六時だった。
「久しぶりだな。小坂」
電話は高校時代から仲良くしていた佐藤清からで、どうもボランティアの勧誘らしかった。
「単刀直入に言うけど、今度行方不明になってる人を探す会に参加するんだ。せっかくだしお前も参加してみないか?」
「ほう? 俺が?」
「人が多ければ多いほど見つかりやすくなるだろ? だからもし暇なら一緒に探してほしいんだ。もちろん給料も出る」
「まあ、別に構わないけど。行方不明者探しのボランティアも興味あったし」
「ありがとう助かるよ」
「ちなみにどんな人を探してるんだ?」
「それは僕もお願いされた立場だからあんまりよく分かってないんだよ。今わかってる情報は三カ月も姿を見てないらしい」
「三カ月も行方不明なのかぁ。それはもう……」
「その可能性もあるがまだ何も見つかってないから諦めきれないらしい」
「なるほど、見つかるといいねぇ」
◇行方不明者捜索当日
捜索隊はロボットとコーヒー豆がアカミミガメと融合したキメラが店長をやっているカフェに集められた。どうやら行方不明者はこの辺りで消息を絶ったらしいのだ。
「今から行方不明者の捜索を行います。行方不明者の名前は小坂一樹と言います」
「……えっ? 小坂一樹?」
「彼の特徴ですが、髪型はナチュラル刈り上げアップバングショート、身長は180。体型は細マッチョで整った顔立ちをしています」
行方不明者ってまさかの俺!?
自慢じゃあないが、その特徴で同姓同名は明らかに俺じゃねぇか!? なんで探されてるんだ?
「おい佐藤、捜索願いって誰から出されてるのか知ってるか!?」
「多分ミハルって子かな? おじさんの兄弟の他人の友人経由から探すのを手伝ってほしいって言われたのは」
「ミハル……」
その名前には聞き覚えがあった。聞き覚えしかない名前だった。
「もしかして知り合いだった?」
「もしかしたらアイツかもしれない」
「ミハルって子と行方不明者が付き合ってたらしいんだけど、彼氏が急に連絡がつかなくなったから探しているらしい」
「ああ、なるほどなるほど……」
確信に至る。それと同時に偏頭痛が起きてきた。
俺が別れようと言ったら急に包丁取り出して振り回してきたアイツだよなぁ。絶対そうだよなぁ。
秋風三桜。俺の前の前の元彼女で度々ヒステリックを起こして暴力を振るってくる子だった。
五月も暴力性はある。あるけど危害は加えてこない。三桜は容赦なくやってくる。メンヘラ度で測ったら確実に三桜が上だ。
確か、紆余曲折あってなんとか関係を終わらせたはず。俺の中ではもう終わった話だったのだが……
うわぁ、迷惑だよ。俺を見つけ出すために捜索隊にまで手を出すなんて。
色んな人巻き込むなよ。
◇
三桜の詳細とその正体、彼女が俺の元カノであることを佐藤に話した。
「つまり、小坂の元カノは頭おかしいやつと。ていうか小坂さ、つい最近も浮気されてたよな」
「三股してたのは前の彼女だな。三桜は何かある度に殴ってくるわ、ハサミで切りつけてくるような奴で。それで怖くなって別れた感じ」
そうこう話しているうちに、捜索隊のリーダーがすごく身に覚えのある人を連れてやって来た。
「三桜さんの証言によると、三ヶ月前に突然彼氏さんの連絡が途絶えたみたいだ! 少しでも手掛かりが見つかるよう、頑張ろう!」
「私の彼氏を見つけてください! よろしくお願いします!」
うわぁ、本当に三桜じゃん。目の下のクマが一層酷くなってる気がするが、確かに俺の元カノである。
ともかく、俺が名乗り出るしかないだろう。このまま捜索に入っても時間の無駄だ。
「あ、あの……小坂一樹は俺なんだけど……」
「……えっ?」
三桜の目からハイライトが灯る。それと同時に俺に急接近して、捲し立て始めた。
「生きてたんだね! この三ヶ月なにしてたのとか、練炭とか縄とか用意してた話とか、積もる話はいっぱいあるけれどね! まずはね、私と心中しよ!」
◇
「断る」
「どうして? こんなにめんこい存在感で、才能あって、性格もいいのに!」
うーむ可愛さ以外自意識過剰!
「じゃあせめてもう一度付き合おうよ! 語らいながら心中の準備しよ!」
寄りを戻したい、寄りを戻したいかぁ。
「ごめんな。俺にはもう付き合っている人が別にいるんだ。だからそれは出来ない」
三桜は一瞬ハッとした後、涙をポロポロ流し始めた。
「分かったわ」
震えた声で三桜は言った。ジリジリと俺に近づきながら。
「分かってくれたか」
「それじゃあ、貴方を殺して私も死ぬわ」
その瞬間、俺の腹部目掛けて包丁を突き刺してきた。間一髪、ギリギリで身体を捻り擦り傷で留めたが。
さっきのは間違いなく殺意マシマシだった。
「変わってないなぁ!」
コイツと付き合ってた頃は毎日、デスゲーム鬼ごっこだった。
最新の注意を払って機嫌を取らないと、癇癪起こしてナイフを突き立てようとしたり、心中しようとする。
だから別れた。最後は逃げる様に別れた。
「ヘヘッへへへぇ……一樹、この傷覚えてる?」
三桜の左腕にケロイドの様な傷が刻まれていた。
「その傷は!?」
「貴方が失踪してた時間分、刻んでたの」
◇三ヶ月前(三桜視点)
「別れよう」
どうして、ねえどうしてよ。一樹のこと好きすぎて、殺しちゃいたいぐらいなのに。キ、キモイから……?
ねえ、一樹。私と約束してくれたよね。心中する相手は君しかいないって(虚構)
ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇねぇねぇねぇ……
そっか、じゃあ貴方を殺してあたしも死ぬ。死ぬまで貴方の身体に傷を刻み続けるね。
◇
あの野郎、リストカットをしていやがった。自分を傷つけてなんとか自我を保っている感じなのか?
「あまり見くびらないでちょうだい。一樹のような男は十人以上殺してきたの」
「はっ?」
「ちゃんと苦しまないように、毒で殺してるから安心して」
おっと? ここにきて連続殺人の線が濃くなってきた。
ハッタリか? ハッタリであってほしい。ていうかどうするこの状況。
「どんなふうに死にたい? 刺殺、絞殺、毒殺、撲殺、轢殺?」
三桜が迫ってくる。俺は死を覚悟した。
(そうかぁ。これが死か。死ぬんだ。死なんだ。そうかそうか。三桜の言う死に様。嫌な死に方トップ三に全部はいってるなぁ)
「コイツは連続殺人犯で指名手配されてる秋風三桜です!」
俺が殺される展開はやってこなかった。傍観者が止めに来てくれたからだ。
ていうか、警察官が来たことで十人以上の殺人疑惑が確定になっている。
ハッタリじゃあなくて、マジでやってたんかよ。
三桜は観念しかように警察官に連行されていく。その時、三桜は急に叫んだ。
「待ってなさいよ」
「えっ?」
「執行猶予で終わらせてくるから」
いや多分無理だよ。連続殺人犯だもん。