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第9話

 一階を一通り見て回り、二人は階上への階段を登る。


「しっかし、相当な荒れ具合だなこりゃあ」


 乙女は、二階の手すりから吹き抜けのホールになっている一階を見下ろしながら、あらためて呟いた。


「う~ん。もしかして西城寺さんが死んじゃってから何も手を入れてないってことなのかもなあ……」


「えっ? でもなんかあたしが来るまでにもこの建物使って何かしよう、みたいな話はあったんだろ?」


「ま、まあ、あるにはあったんですけどね……」


 萩森は言葉尻を濁した。


「ほら、二階は確か調度品とかも残ってるって話ですよ。見てみましょう」


 励ますような声で、萩森は乙女を促す。


 待宵屋敷の二階は、寝具が配置された寝泊まりの出来る部屋が多かった。来客用なのか個人の部屋なのか判別はつかないが、どの部屋も設備に大差無いように見える。


 萩森の言う通り、年代物のテーブルやタンスなどの調度品が設えてある部屋が多い。


「こりゃ大したもんだなあ。鑑定とかしてもらったら値の張る物もあるんじゃない?」


「あ、骨董屋さんに来てもらって、それなりに値段のついた物は、どこかに持って行ったみたいですよ」


 萩森はにべもなく言った。


「ふうん、ちゃっかりしてんなぁ……」


 鼻を鳴らして、嘆息しながら乙女は廊下の奥まったところにある部屋の扉を開ける。


「おっなんだあれ、宝箱みたいなのがあるぞ」


 乙女が近づいていったそれは、文字通り戯画化された西洋の宝箱のような豪華な作りの箱だった。


「ああ、あれチェストっていう服とかを入れる箱らしいです。西洋の長持みたいなものですね」


 萩森は資料らしきファイルを見ながら口を開く。


「へえー、長持って言葉久しぶりに聞いたな」


 乙女は応じながら、チェストの上部をしきりにまさぐっている。


「開かねー……。鍵穴も見つかんないな」


「え? そうなんですか?」

「うん。中には何が入ってんの?」

「えーっと……なんでしょうね……こっちには書いてないです」


「うおっ。これ重いな」


 持ち上げようとして、乙女はびっくりした声を出した。


「一人で持つのは難しそうですね。まあ邪魔なら片付けますよ」

「いや、いい。なんか雰囲気あんじゃん、これ」


 ポンポン、と上をはたいた後、乙女は箱に腰掛けた。


「さて、どうしたもんかねえ……」


「あの、ちょっと繰り返しになっちゃうんですけど、利益を上げるっていうよりまずは地域活性化の観点から、公益性のあることをやっていきませんか?」


「たとえば?」


「そうですね……たとえば、綺麗にして施設を整えて地域の方々の憩いの場にする、とかでもOKだと思いますよ。最初は低めのハードルを設定した方が」


「憩いの場ねえ……」


 乙女は、首を天井に向け背中を伸ばした。


「良さそうだけど、なーんかそれだとそっから先が難しそうなんだよなぁ」


「建物の全部をそれに使っちゃうと確かに、融通が利かなくなりそうですけど……。イベントスペースみたいにするには、ちょっと建物の造りが不向きなんですよねえ」


 待宵屋敷は、それなりの大きさのある建物ではあるが、一番広い玄関ホールでも斧馬の体育館や旧小学校の講堂にはとても及ばず、何か催しものをするには手狭な印象である。


「しかし、どっちみちこのままじゃ何も出来ませんから、まずは建物の修理を……」


「それだっ!」


 乙女は元気よく指を一本突き出した。


「ど、どれですか?」

「まずはこの屋敷のリフォームやろう」

「え、ええ、それは私もそう思いますが……」


「あたしが自分でやるよ。そんでそれ撮影して動画の配信する」

「え、ええ~? 動画ですかぁ……」


「うん。どうせ建物の修理はしなきゃいけないんだし、DIY動画みたいなのってわりと好きな奴多いからさ。ちょうどいいと思うんだけど」


「そういうのお得意なんですか?」

「舞台の大道具手伝ったことはあるよ」

「う~ん……なるほど……」


 歯を見せて笑っている乙女と対照的に、萩森は緊張感溢れる表情を見せる。


「一人でやるには大変な広さだと思いますが」

「ぼちぼちやるよ」


「配信って……YOUTUBEとかああいうのですよね?」

「まあてっとりばやいよな」


「あの……個人的にすごく良いアイディアだとは思うんですが……」

「無理めな感じ?」


 萩森のいかにも心苦しげな顔は、見る者にかえってプレッシャーを与えるような性質のものだったが、乙女はあまり気にした様子もない。


「動画で配信、と言いますとこう……色々問題が起こるかもしれず、許可が下りにくいかもしれませんね……」


「問題って?」


「あくまでたとえばなんですが、変な感じで話題になってしまったりなど……」


「おいおい何言ってんの? 地域を活性化したいんだろ? そんなの話題んなんなきゃ話んなんないんだぜ?」


「それは仰る通りなのですが……私の一存ではちょっと……」


 あっ、そうか。と乙女は手をポン、と鳴らす。


「萩森さんは臨時職員で、正式な係じゃないんだっけ? 係の人に聞いてみねーとな」


「や、山名さんですかぁ~」


 萩森は、頬の筋肉をヒクヒクさせ、なんとも複雑な表情を作った。


「うん。聞いてみて。お願い。聞ける時でいいから」


 乙女は百万ドルの笑顔で萩森に迫る。萩森は、渋っていたが結局抗えず連絡を取った。


「あ、はい……。そうなんです……。はい。それで動画を、という話になりまして……。僕は詳しくないんですけど……いえいえ、それは武音さんのほうから……」


 萩森はしばらく話していたが、

「あの、OKだそうです」

と、電話を切って言った。


「おっ! やりぃ~!」


「全て武音さんにまかせる、責任は全てこの山名雅樂が取る、と是非伝えてくれと……」


「そこまで言われるとなんか怖いな」


「ま、まぁ、武音さん、以前から配信とかされてたみたいですし、大丈夫……ですよね?」


「あはは。そんな心配しなくてもいいよ。萩森さんの言った通り、慣れたもんだからさ。炎上とかはしないって。多分」 


「そ、そ、そうですよね。あははは」


 乙女は、おっかなびっくりの萩森をしきりに元気づけた。

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