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第10話

 その夜。


 乙女は、待宵屋敷一階の部屋に陣取り遠方の友と話していた。寝具は一応備え付けられていたが、勿論使えないので、寝る時は持参の寝袋のつもりである。


 住む場所は、市で用意してくれていたのだが、リフォームを実況するなら住み込んでやったほうが盛り上がるだろうと思い、乙女がしばらくここに住むことを申し出たのだ。


 萩森は、青い顔で必死に止めたが、乙女は意に介さなかった。


 〝せめて今日だけでも旅館に泊まってくれ〟と萩森は、ほとんど泣きそうになりながら乙女に頼んだのだが、その様子が面白かったので本日からここで寝泊まりすることにしたのである。


「……はぁっ? 何言ってんのあんた? 許すわけないでしょ、そんなの」


 久しぶりに連絡を取った旧友は、ノートPCのモニタ越しにドスの利いた声で乙女にそう言った。かなり苛立っている。


「いやさ~、一姫が怒るのもわかんだけどさ~」


 乙女はなるべく相手を刺激しないようにと心がけて水前寺すいぜんじ一姫いちひめに話しかけるのだが、


「あんな別れ方して、そっちから連絡してきたから反省してんのかと思ったら……。それで? 今何やってるって? 地方振興おたすけし隊?」


 一姫はさも小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


 ビデオ通話なので、向こうの表情がよくわかった。ムカッ腹が立った乙女は、普通の電話にすれば良かった、と後悔する。


「てめー言い方気をつけろよ。みんな真面目にやってんだからな」


 本当にみんなが真面目にやっているかどうかなど乙女に知る由はないが、一括りにバカにされていい気がしなかったのは本当であった。


「そのなんとか隊をバカにしてんじゃないわよ。あんたをバカにしてんの。あんた個人をバカにしてんのよ」


 重ねて嫌みを言われ、乙女は思わず我を忘れそうになったが、グッとこらえる。


 別に一姫に協力して貰わなくてもかまわないといえばかまわないのだが、協力して貰ったほうが効果が高いのは確実なのだ。


「……まあ、その、ケンカ別れしたのにこんな頼み事すんのは虫がいいとは思ってるよ。一つ貸しってことでさ。なんかあったらあたしもお前に協力してやるよ。だからお願い」


 乙女がこう言うと、ノートPCの画面に映っている一姫は〝へえ〟という顔をした。


「面倒なことはないからさ。こっちで撮った動画、あたしたちのチャンネルでUPさせてくれたらそれでいいんだよ」


 乙女と今通話している水前寺一姫は、諸事情あってアイドルを辞めた後、二人で組んで〝スポーツ冒険家〟として活動していた元相棒である。


 その活動が軌道に乗り始めた頃、共同でYOUTUBEその他でチャンネルを開設し、宣伝と動画のコンテンツ化を自前で行っていたのだ。


 乙女は今、待宵屋敷のリフォーム動画をそのチャンネルに上げる許可を得ようと、かつての盟友をなだめすかしているのである。


「その、要は町おこしみたいなのしたいんでしょ? それならその、町なり市なりの公式チャンネルでやるのがスジってもんじゃないの?」


「そんなのねーもん」

「作んなさいよ」


「いやなんかさ、役所の人が及び腰なんだよ。変な感じで話題になるのは好ましくない、みたいな」


「炎上リスクを恐れてる、ってわけね。まあ、お役所って感じね。イメージだけど」


「だから、あたしたちのチャンネルに上げればさ、なんかあっても斧馬がどうこうってことにはなりにくいだろ?」


「まぁ、あんたの名前が前面に出るからね……でもそれだとその、斧馬ってとこの宣伝にもならないでしょ」


「それは動画の中で喋るから大丈夫。説明文とかにも書くし」


 一姫は、何か深く考え込んでいる様子である。


「うーん……あんたと私が今ケンカ別れしてるの、ファンは知ってるでしょ? いきなりあんたの動画があのチャンネルにUPされたら〝仲直りしたんですか?〟って凄い聞かれるわよ?」


「仲直りした、って言やあいいじゃん」

「してないし」

「ん~だよ~! もー!」 


 とうとう乙女の中で、何かが限界を超えた。


「しつこいんだよお前~! 昔からさ~! もういいじゃんか~! いつまで怒り持続させてんだよマジで~!」


 わかったわかった、と一姫はうるさそうに言って舌打ちする。


「あんたの言い分はわかった。でも私今、あるYOUTUBERの会社にオファーを受けててね」


「オファーって? 所属しないかって誘い?」


「そう。もしそこに入ることになったら、勝手にあんたの町おこし動画UPしていいのかどうか、とかよくわかんないでしょ? どういう契約になるのかまだはっきりしないんだけど。それで迷ってた、ってのもあるのよ」


「え? なにお前? そんなの受ける気なの?」


 乙女は、少しオーバー気味のリアクションをする。


「やめとけよ。お前集団行動出来ないだろ。どうせまたすぐケンカして辞めちまうよ」

「あんたにだけは言われたくないんだけど!」


 またぞろヒートアップしそうになったが、

「……いいわ。わかった。許可してあげる」

今度は一姫が矛を収めた。 


「おっ。サンキュー!」


「まぁ、リフォーム動画でもなんでも、時々上がれば、あんたが今何してるかも把握出来るしね」

「えっ?」


 問い返す乙女を、一姫は軽く〝何でもない〟とため息混じりにかわす。


「それよりその動画の収入ってどういう取り分になるわけ?」

「取り分って?」


「そのおたすけし隊の活動の一環としてやるんでしょ? 町だか市だかにもいくらか入れなきゃいけないの?」


「あー……いや、それは今まで通り、あたしとお前の折半でいいだろ。副業OKっつってたし」


「そういうのちゃんと確認しときなさいよ」


 手を振って別れを言い、乙女は通話を切った。

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