「都市って都会のことでしょ? 人呼びたいんなら、人多いとこから呼んだほうが効率いいじゃん。敵視してたら難しいよ」
「……でも、差別化は必要でしょう?」
「そりゃそうだよ。だからみんな無い知恵絞って考えんだからさ」
乙女は、愛嬌の塊のような顔で続ける。
「あたしアイドルやってたから、それはわかるよ。攻撃的なコンセプトでいくにしても、他のアイドルグループと対決のアングル作るにしても、基本的にはお客さんの方を向いてねーとな。アタマにくることがあっても、どっか冷静なとこは残しとかないと、プロ失格だぜ」
薬子は、思いもよらず真面目な面持ちで乙女に見入っていた。
乙女は照れくさくなり、
「いや、まあ、あたしもケンカっぱやかったからね。さっきのはあたし自身が良く周りから言われてたことなんだ」
と付け足す。
照れ隠しからの言葉であるが、本当のことだった。
「……そうね、私ちょっと熱くなりすぎてたかもしれないわ」
「あ、ああいやいや、アツいのはいいことだと思うよ、うん」
こう真っすぐ受け入れられると、乙女はますます照れてしまう。
「ありがとう。今日は話せて良かったわ」
「うん。あたしも。また機会があったら色々教えてね」
乙女は手を振って別れを告げ、休憩所を一歩出たところで動きが止まった。
向かいの家の屋根に、人が立っているのだ。何かの作業をしているとかいうでもなく……いや、そもそも風体がおかしかった。時代劇に出てくる坊さんのような格好をしているのだ。
「……なんだありゃ?」
僧形の男の横には、何かの動物が座っている……かなり大きい……。
「猫!? 猫かあれ!」
大きすぎてわからなかったが、かたちは確かに猫である。小さい熊ぐらいあった。
「おい! ちょっと来てみろよ! 変なのがいるぞ!」
乙女は休憩所の中に呼びかける。
「なに?」
「なんかすげーでかい猫と坊さんが屋根の上に居る!」
薬子は、ちょっと眉を顰めただけで返事をしない。
「いや、ホントなんだって! こっち来いよ! ちょっと!」
「……猫はわかるけど、坊さんってなによ」
「え? えーっと……なんだろ。あの、時代劇に出てくるような……。カゴみてーなの頭にかぶってて、なんかたいがい悪もんの……」
「虚無僧?」
「そう! それ! 今の説明でよくわかったな!」
薬子はため息をつき、緩慢な動作で入口まで来た。
「何もいないけど」
「あ、あれっ?」
言われて、乙女も見直してみたら一人と一匹は忽然と屋根から姿を消している。
視線を降ろし、道路を探してみたがどこにもいない。
「夢でも見たんじゃないの」
薬子は呆れたように言って、中に戻っていく。
「う~ん、おかしいな~」
腑に落ちなかったが、しょうがなく乙女は待宵屋敷へ足を向ける。
『あたしちょっと疲れてんのかな。最近昼間ぼーっとしてること多いし……。そんな夜ふかしもしてないはずなんだけど』
帰る途中、細い路地の間など覗いてみたが、さっき見た坊さんや大猫の姿はついに発見出来なかった。