「いや~、危なかったにゃ~。あの娘こっちのこと完璧に見えとったよにゃあ?」
上古の言葉に、回向は〝ふむ〟と簡素に頷く。
「なかなか油断ならんな」
「あの娘もよそから来とる人間よにゃ?」
「ああ。確か待宵屋敷とか言われている場所に住んでいる者だ。……あそこも何か妙な気配があるな」
「そこも調べてみんといかんにゃ~」
「そうだな。我々の助けになるかもしれない」
回向はちょっと考えて再び口を開いた。
「もしくは妨げになるか。どちらにしても調査は必要だな」
上古は回向の言葉を聞き、身体を屋根の上にぐでーっと伸ばす。
「もう厄介事はごめんにゃ~」
「残念だが、当初想定していたより厄介な事態のようだぞ」
「んんっ?」
上古は、うつ伏したままの姿勢で片目を開けて回向を仰ぎ見た。
「どういう意味にゃ?」
「調べが進んでな。護法の報告によると新早薬子は逃亡の際、
「ヤンチャな娘だにゃー」
上古はウンザリした顔で舌を出し、宙をペロペロ舐めている。
「しかしまあ、そっちはワシらには関係ないといえば関係ないからにゃ。まぁ、上手いこと取り戻せたら、返してやったらいいんにゃないか? お礼に鰹節くらいくれるかもしれんしにゃ」
「それが関係なくもない。新早薬子が持ち出した十種神宝の中には
「ふ~ん。何を考えとるんかにゃ~……」
上古は暫しぼーっと、何かを思案している風に自分の手を舐めていたが、突如体中の毛を逆立てて飛び起きた。
「ンニャァアハァーーー!!」
「どうした?」
「あのクソアマ、よりによって
「汚い言葉遣いはやめろ」
編笠の中から響く声が、僅かに不快の味を含んだ。
「ど、ど、どこのやつにゃ? 神宮のやつはさすがに無理にゃろうし……」
「本理大学の研究室の物だそうだ」
「なんでそんなとこにあるんにゃ? というか、どういう保管の仕方しとったんかにゃ。まあ今更何を言ってもしょうがにゃいんにゃが……」
「我々の把握出来てない神器もあるということだろうな。まあしかしお前の言う通り。今更何を言っても詮無きことだ」
ふう、と笠の中から大きな鼻息の音が漏れる。
「……こうなると、赤歯寺の住職の協力を仰げなかったのは痛いな」
「確か声は聞こえても、見えてなかったんにゃったっけ?」
「うむ。あの様子では難しいだろう。人柄は悪くなさそうだったのだが」
「声はすれども姿は見えず。まるでお前は屁のような、っちゅうやつにゃな」
にゃははは、と笑う上古に、編笠の内の回向は不気味に沈黙を保っている。
「ちゃ、茶化して悪かったにゃ」
「……そっちはどうなんだ?
「それがにゃ~……前も言った通り、ワシの姿も見えとるし、話も出来るし、なんとかなりそうなんにゃけどにゃ~……」
「まだ慣れんか?」
上古は髭を震わせ、ため息をついた。
「あの娘、まだワシのこと怖がってまともに話してくれんのにゃ……。あれから何回も行ってみたんにゃけど、なんかビビりすぎて熱出して寝込んでしもうたんにゃ……」
「無理そうならほどほどにしておけよ」
回向が言い終わるか終らぬかの内に、屋根の上を突風が通り抜けていった。墨染の衣がばたばたと何かを急かすようにはためく。
「嫌な風にゃー」
上古は目を細め、上空を睨んだ。
「何か手を考えんとな……」