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11.旧家の屋根の上・回向と上古

第21話

「いや~、危なかったにゃ~。あの娘こっちのこと完璧に見えとったよにゃあ?」 


 上古の言葉に、回向は〝ふむ〟と簡素に頷く。


「なかなか油断ならんな」


「あの娘もよそから来とる人間よにゃ?」


「ああ。確か待宵屋敷とか言われている場所に住んでいる者だ。……あそこも何か妙な気配があるな」


「そこも調べてみんといかんにゃ~」


「そうだな。我々の助けになるかもしれない」


 回向はちょっと考えて再び口を開いた。


「もしくは妨げになるか。どちらにしても調査は必要だな」


 上古は回向の言葉を聞き、身体を屋根の上にぐでーっと伸ばす。


「もう厄介事はごめんにゃ~」


「残念だが、当初想定していたより厄介な事態のようだぞ」

「んんっ?」 


 上古は、うつ伏したままの姿勢で片目を開けて回向を仰ぎ見た。


「どういう意味にゃ?」


「調べが進んでな。護法の報告によると新早薬子は逃亡の際、十種とくさの神宝かんだからをいくつか持ち出している」


「ヤンチャな娘だにゃー」


 上古はウンザリした顔で舌を出し、宙をペロペロ舐めている。


「しかしまあ、そっちはワシらには関係ないといえば関係ないからにゃ。まぁ、上手いこと取り戻せたら、返してやったらいいんにゃないか? お礼に鰹節くらいくれるかもしれんしにゃ」


「それが関係なくもない。新早薬子が持ち出した十種神宝の中には八握やつかのつるぎも含まれている」


「ふ~ん。何を考えとるんかにゃ~……」


 上古は暫しぼーっと、何かを思案している風に自分の手を舐めていたが、突如体中の毛を逆立てて飛び起きた。


「ンニャァアハァーーー!!」

「どうした?」


「あのクソアマ、よりによって布都ふつの御魂みたま持って逃げやがったんかニャーー!」


「汚い言葉遣いはやめろ」


 編笠の中から響く声が、僅かに不快の味を含んだ。


「ど、ど、どこのやつにゃ? 神宮のやつはさすがに無理にゃろうし……」


「本理大学の研究室の物だそうだ」


「なんでそんなとこにあるんにゃ? というか、どういう保管の仕方しとったんかにゃ。まあ今更何を言ってもしょうがにゃいんにゃが……」


「我々の把握出来てない神器もあるということだろうな。まあしかしお前の言う通り。今更何を言っても詮無きことだ」


 ふう、と笠の中から大きな鼻息の音が漏れる。


「……こうなると、赤歯寺の住職の協力を仰げなかったのは痛いな」


「確か声は聞こえても、見えてなかったんにゃったっけ?」


「うむ。あの様子では難しいだろう。人柄は悪くなさそうだったのだが」


「声はすれども姿は見えず。まるでお前は屁のような、っちゅうやつにゃな」


 にゃははは、と笑う上古に、編笠の内の回向は不気味に沈黙を保っている。


「ちゃ、茶化して悪かったにゃ」


「……そっちはどうなんだ? 常夜じょうや衛士えじの山名家は」


「それがにゃ~……前も言った通り、ワシの姿も見えとるし、話も出来るし、なんとかなりそうなんにゃけどにゃ~……」


「まだ慣れんか?」


 上古は髭を震わせ、ため息をついた。


「あの娘、まだワシのこと怖がってまともに話してくれんのにゃ……。あれから何回も行ってみたんにゃけど、なんかビビりすぎて熱出して寝込んでしもうたんにゃ……」


「無理そうならほどほどにしておけよ」


 回向が言い終わるか終らぬかの内に、屋根の上を突風が通り抜けていった。墨染の衣がばたばたと何かを急かすようにはためく。


「嫌な風にゃー」


 上古は目を細め、上空を睨んだ。


「何か手を考えんとな……」

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