乙女は寝袋の中ですうすうと寝息を立てていたが、何かの気配を感じ瞼を上げる。
昼間〝史談の里の休憩所〟に行った時も、普段より疲労を感じたので、今日はよく眠れるかと思っていたのだが、すぐに目覚めてしまった。最近どうも眠りが浅い気がする、と乙女は感じている。
そんなことはどうでもよい、と乙女はすぐに思い直した。
『気配がするっつうことは……幽霊じゃないのか?』
足音がするわけでも、扉の開く音がしたわけでもない。しかし、確実に室内には乙女以外の何者かの気配があった。
『妙な感じだな。でも、人とか動物とかでもないと思うんだよな……クソッ、ちゃんと話聞いときゃよかった』
昔、アイドルをやっていた時に〝霊感が強い〟と自称する同業者がいたことを思い出したのだ。乙女は、彼女とそこまで仲が良かったわけではないので、あまり会話していない。
そうこうしている内に、気配はだんだん近づいてくる。
『おっ?』
〝何か〟が乙女の入っている封筒型寝袋の首筋辺りをそっと持ち上げた。
『持ってる、ってことは、手だか足だか知らないけどあるってことで……。うん、じゃあ捕まえられるな!』
一旦決心すると乙女は早い。物も言わずに、適当に気配を感じるところをぐっと掴んだ。
きゃっ、と甲高い声する。触った感触はとても冷たかった。ちょっと哺乳類とは思えない。肌はスベスベしている……。肌?
『子供か?』
どうも、自分が掴んでいるのは、人間の子供の前腕ではないか、と乙女は感じた。
「おい」
乙女は、上半身を起こし、声をかけてみる。目を凝らすと、何かぼうっとしたものが、自分の近くにいるのがわかった。
「うわわわわっ!」
「あれっ!?」
〝なにか〟は声を上げると、すっと乙女から離れる。掴んでいたはずの腕は、掻き消えたように感触を無くしていた。
白いぼうっとした影は、やはり人の形をしている。大きさも子供、小学校低学年くらいの背丈のように見えた。
尋常でないのは、どうも宙に浮いているように見える部分だ。
『? やっぱ幽霊か?』
乙女は少し逡巡したが、明かりをつけてみることにした。
古めかしい電灯の紐を引っ張ると、途端に部屋が明るくなる。
〝何か〟はぎゅっと目を瞑り、身を縮こませた。すると、身体がどんどん透けていく。
「お、おい、ちょっと待て!」
乙女は慌てて手を伸ばす。このままだと空中に融けてしまうような気がしたのだ。
「なんなんだよ、お前! ちゃんと説明してくれ!」
半分くらい透明になっていたそれは、乙女の言葉を聞くと、固くしていた四肢をゆっくりと開いた。そしてじわじわと床に着地する。まるで体重が存在しないかのような挙動だった。
『お、女……の子?』
伏し目がちに乙女を見ているその子供は、性別でいうと女らしい。背は乙女の臍よりも拳二個分足したくらいある。
「何の用?」
少女は挑むような目で乙女を見ながら、初めて意味のある言葉を発した。
南海の海を思わせる澄んだ碧眼に、目の覚めるような煌めく金髪。絵に描いたような西洋人の少女だった。見た目は。
「何の用ってこたあないだろ? おま……お、お嬢ちゃんがあたしの寝室に入ってきてんだから」
乙女は一応相手の外見に合わせ、言葉遣いを途中で変更した。
「……違うもん」
少女は、ぼそりと言葉を置く。
「何が?」
「ここはわたしのお家だから。このお部屋だって、あなたの寝室じゃない」
「……あー、うん。なるほど」
取りあえず言葉が通じて良かった、と思いながら、乙女は場当たり的な返事をした。
「あのー、お嬢ちゃんはさ、その、西城寺家の人なの?」
見た目のことは一先ず置いておいて、以前ここに住んでいたという、一族に連なる者かと思ったのだが、
「知らない。なにそれ?」
と、少女はつれなく首を横に振った。