「どこから来たの?」
少女の動きが止まる。しばらく小首を傾げていた。
「……よくわかんない」
「忘れちゃった?」
乙女が聞くと、今度は素直に〝うん〟と頷く。
『まあ……そうか。幽霊ならそういうこともあるか』
服装なんかは綺麗だが、もしかするとかなり昔の霊なのかもしれない。理屈は乙女にもよくわからなかった。
『しかし、どう見てもこれ白人だよなあ……。聞かねーほうがいいのかな』
この屋敷は、外国から移築したものではないという話なので、建物に憑いていた幽霊というわけでもないだろう。
何がどうなって、こんな金髪少女の幽霊が出てくるのか。乙女には皆目見当がつかなかった。
「あのさ、日本語上手だね」
「ん?」
少女は、意味がわからなかったようで、目をぱちくりさせる。
「言葉。あの、あたし最初言葉通じるかなーって不安だったんだ」
「…………うん。ホキが教えてくれた」
暫しの沈黙を挟み、少女の口から出てきたのは意外な言葉だった。
「ホキ? 人の名前?」
うん、と少女は首肯する。
「きれいな顔の男の人。そう名乗ってた。しばらくウロウロしてたけど、どっか行っちゃった」
何かのヒントになるかと思って、発した質問だったのだが、ますますわからなくなった。
「ねぇ、さっきここ〝わたしの家〟って言ってたよね。何で?」
「何でって、わたしずっとここに住んでたもん」
『ずっと……』
確かここが空き家になったのは、十年くらい前ではなかったか。この少女の霊が出現するようになったのが、人がいなくなってからだとすると〝ずっと住んでいた〟と言っても十年以内の話ということになる。
ここが幽霊屋敷と呼ばれるようになった時期がわかれば……。
『ま、いいや。もうめんどくせえ』
途中で煩わしくなり、乙女は考えるのを止めてしまった。
『幽霊の素性がわかったところでどうにもなんねーもんな』
大事なのは今である、というのが乙女の信条である。あまり恨み辛みを溜めこまない、さっぱりした性格といえるのだが、重要なことを忘れがちということでもある。
「お嬢ちゃんも色々事情があんだろうけどさー、悪ぃけどしばらくあたしここに住まわせてくんない? やんなきゃいけないことがあるんだ」
「しばらくってどのくらい?」
「三年くらい」
少女はじいっと乙女を見つめている。何事か感じ取ろうとしているかのようだ。
『三年は長すぎるか。一ヵ月二ヵ月じゃねーからな……』
自分でも、見ず知らずの人間をそんな長い期間居候させることになったら少し考える。
乙女はこの場合、居候と呼称していいのかどうか微妙な立場だが、この少女から見ればそのようなものに映っているだろう。
「? お、おい」
少女は何の合図もなく、いきなり乙女の傍らに腰を下ろした。
「いいよ」
言葉少なに、少女は呟く。言い終わると、少女は遠慮がちに乙女に体重を預けてきた。
「乱暴なことしないでね?」
「しないよ、そんなの」
少女は、ますますその小さい頭を乙女の腕にくっつける。
『さっきは確かに浮かんでたんだけど、今は重さがある……っつうか、えらく友好的だな』
少女の振る舞いは、飼い猫のように人懐っこい。が、何か微妙な違和感がある。
「なぁお嬢ちゃん、名前は? なんて呼べばいい?」
「名前……うん。ミラー……。ミラって呼んで」
少女は、囁くような声で乙女に告げた。
「ねぇ、今日一緒に寝てもいい?」
「ああ……うん。別にいいよ」
乙女の了承を取り付けると、ミラはいそいそと寝袋の中に足を入れる。
「入れるかな?」
「大きいやつだから大丈夫だろ。夏だし開けっぱでもいいよ」
乙女が明かりを消し寝ころぶと、ミラも一緒に横になった。幼児の如く乙女の二の腕をぎゅっと抱いている。
……直接触れている掌だけでなく、ミラの身体はとても冷たかったが、僅かにぬくもりも感じられる気がした。よくわからない。
乙女の体温が移っているだけかもしれない。
『あたしを追い出そうとして、色々してたんじゃねーのかなー……』
色々疑問は浮かぶが、取りあえず幽霊と仲良くなれてよかった、と乙女は思った。