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第47話

「誰か寄こすとは思ってたけど……あなたとはね」

 新早薬子は、三人を見下ろしながら言った。


「あー……悪ぃな。なんかやってたんだろ?邪魔しちゃって」

 武音乙女は、気軽に丘の上の薬子に向かって呼びかける。


「別に……かまわない……けどね」

 薬子は、堪え切れなくなったように、くぐもった声で笑い始めた。


「あの方、こんな場所でもコスプレしてますのね」

 雅樂は自分のことは棚に上げ、半ば感心したように呟いた。


「何してんの?」 


「何をしているように見える?」


 薬子は両手を広げ、からかうように言う。手に持っている棒のようなものが、不吉な影のように宙を踊った。


「いや、わかんねえ」

「見てなさいよ」 


 言い残して、薬子は背中を向ける。


「待てっ!」


 乙女が強く呼びかたが、特に反応はない。


「何してんのか教えろ。ここの古墳壊そうとしてんのか?」


「……まあ、結果としては壊れるかも」

 薬子は、初めて応答らしい応答をした。



いったいっ!」



 バチンッと何かが弾けるような音と同時に、ミラの悲鳴が響く。その後丘の上、文字通り上空からミラの肢体がゴロゴロと転がり落ちてきた。


「な、何やってんだミラ。大丈夫か?」


 乙女が声をかけると、ミラはバネのように身体を跳躍させ、すぐさま起き上がる。


「めんどいから、アタマの後ろを蹴り飛ばして終わりにしようと思ったんだけど……」


「お前勝手なことすんな! ケンカしにきたんじゃねえっつって何回言やあわかるんだよ!」


「何かに跳ね返された。魔法円マジックサークルみたいなの作ってる」



「正直こんなものが来るなんて想定してなかったんだけど……まあ結果オーライね」

 薬子は口の端を薄く曲げて笑った。


「これに阻まれたということは、あなたの連れてるチャーミングなお嬢ちゃんは魔性のモノということよ。わかってるの?」


「いや、それはまあ、結構わかってはいるんだけど……」


「えっ?! なんですのそれ! 初耳なのですが!」


 雅樂が仰天している。


「それは後で話すからさ……」



「可愛いペットみたいに思ってるとヤケドするわよ」

 乙女が薬子の言葉に反論しようとした矢先、怒りに燃えたミラが一歩前に出た。



「わ・た・し・がっ! 飼い主なんだから!」



 止めようとする雅樂の手も間に合わず、ミラは弾丸のような勢いで薬子に突っ込んでいく。



「奥津鏡」



 ぼそりと何か呟き、薬子が手を微妙に動かすと何かがキラリと光った。


 瞬間、目前まで薬子に迫っていたミラが、遥か後方に吹き飛ばされる。先程よりも強烈な勢いで、山の麓まで行くかと思われる程の飛距離であった。


「ミ、ミラちゃん!」


「あー、お願いね。暗いから気をつけて」 


 ミラを追って慌てて駆け出す雅樂の背中に、乙女が声をかけると〝心得ました~!〟と、やっとのことで絞り出したような声が返ってくる。


『あいつ多分、あれぐらいなら大丈夫なんだけどな』 


 乙女はミラのことは心配してなかったが、むしろ雅樂にこの場から離れていて欲しかったので、そのまま行かせたのである。


「よぉ、近く行っていいか?」

「来れるなら」


 薬子の答えを聞くか聞かぬかの内に、乙女はズカズカと丘の上を目指し登り始めた。


「沖津鏡」


 声が聞こえた一瞬で、乙女は咄嗟に身を伏せる。そのおかげか、まともに不思議な攻撃の衝撃波を受けず低空で飛ばされ、公園周辺の樹幹に叩きつけられるだけで済んだ。


 乙女は体勢を立て直すと、素早くありったけの力で地面を蹴って薬子の元に迫る。


「来たぞ」

「あら……」


 薬子は乙女の見開かれた瞳を覗きこみながら、驚きの声を上げた。


「あなた『半妖』ね。前に会った時は気付かなかったけど……」


「おい、お前何がしたくてこんなことやってんだ? 目的はなんなんだよ?」


 乙女は問いながら、薬子の左手首をぎゅっと握った。吹っ飛ばされないよう、用心のためである。


「強くなるため」

 薬子は掴まれた手を上げようとしたが、乙女の力には抗しきれなかった。


「蓋を取るのよ」

 空いている方の手で、薬子は頭上を払うジェスチャーをする。


「自分に被さってる蓋をね、一枚ずつ剥がしていくの」


「ああ?」


「アイドルやってたんならわかるんじゃないの?」


 薬子は思いの外優しい笑みを見せた。


「自分の道を行く上で、邪魔になる奴とか、障害になる者とか、いたでしょ? それを排除した時、何か言いようのない高揚を感じなかった?」


 乙女は返答せず、じっと相手の目を見つめている。


「邪魔者がいなくなった、っていう解放感・安心感だけじゃなく、自分の根幹に関わる部分が変化したことを感じなかった? これまで感知出来なかったエネルギーの奔流が、突然身体中を巡り始めるような……自分のステージが一段上がったような気がしたでしょう?」


「……いや、わかんねーよ。お前なんかあたしが聞いてことと微妙にズレたこと言ってる気がするし」


 乙女はようやく吶々を語り始めた。


「ただ、気に入らねーヤツをのしたところで、世界は広がらないだろ」


 〝そう?〟と聞き返し、薬子は口を三日月のような形に曲げ、笑った。


「ここには力を得に来たのよ。もっと上に行くため。いつか私も誰かの壁になって乗り越えられるために」


「まあ、そりゃ勝手にしろよ」


 どうも手に負えなくなり、乙女は一旦話を打ち切ることにした。


「なに?」


 薬子は険のある声を上げる。乙女は掴んでいる薬子の手を引っ張って丘から降ろそうとしているのだ。


「あー……ここじゃ話しにくいしさ、一旦下降りようぜ。萩森さんとかも来てんだ。車あるから一緒に帰ろ。……まだ起きてるかどうかわかんねーけど」


「なんですって?」


「お前がブッ飛ばしたミラも心配だしさ。ほら」


 乙女は強引に薬子を引っ張った。


 乙女は、決して無理やり薬子を連れて行こうという気はなかった。確かに古墳を壊そうとしているのなら、取りあえずここから離してしまえばいいと思っていたのは事実だが。


「手を放しなさい」


 強い命令口調で薬子が言ったが、乙女は意に介さない。



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