「お前さあ、さっきからさあ、カッケーよなあ」
薄笑いを浮かべながら、乙女は無造作に丘の頂上へ向けて一歩を踏み出した。薬子は怪訝な顔で乙女を見つめている。
「ちょ、ちょっと、オトメ……」
ミラはそっと袖を引きながら乙女の表情を 窺ったが、何か異様な雰囲気を感じとりすぐに手を離した。
「たけーとこからヒト見下ろしてよお、ウダウダくっちゃべってさあ」
乙女は、近づいてきていた骨の頭骨を掴み、ノータイムで握りつぶす。
「お前みてーなヤツだと、ただ煽ってるだけでも映えるよなぁ。オーラがあるからよお」
「……どうも」
「でもよぉ、さんざんカッコつけて上から目線でヒトのこと煽ってたヤツがさあ、ボロクソに負けたらメッチャカッコ悪くね?」
乙女は先程頭蓋骨を潰した骸骨の、肋骨内部に無造作に手を突っ込んで胸骨を掴んだ。
「!」
薬子は、今日初めての動揺を見せる。乙女の目を見てしまったのだ。顔は笑っているが、眼には微笑みの欠片もない。完全に据わっている。
よくよく見ると、火の灯っている如く、瞳の奥がほんのり朱に染まっているようにさえ思えた。
「どけよ!」
乙女は、胸骨を掴んだまま頭蓋骨が再生しかかっているのもかまわず、人骨をブンブン振り回す。周囲の骸骨が棒切れのように吹き飛んだ。
「あ、あなたの身体どうなってるのよ?」
歯を食いしばり、ミラが足に力を込める。乙女にも屍毒はバッチリ効いているはずだが、 それを微塵も感じさせない強烈な所作で薬子に近づいていく。
「しょうがないか……眷属があんなに頑張ってるんだから……気は進まないけど……」
ミラは深く息を吐き、目を閉じた。
頂上に着いた乙女は、手にした骸骨を思い切り振りかぶり薬子に叩きつける。骨は粉々に砕け散ったが、薬子は平然としていた。
「出てこい、てめえ!」
乙女は拳で、薬子の周囲に存在する透明な壁を殴り続けている。
「無駄よ! ちょっと待ってなさい!」
声と共に、黒い塊が機関車のように四つ足で坂を疾走してきた。頭突きの要領で額を透明な壁にぶつけると、前足で地面を掘り始める。
あっという間に穴が開き、地に刻まれた円が途切れると見えない壁もその部分は消滅したようだった。
薬子は舌打ちし、素早く手にした小刀で線を引きなおそうとするが、その手首をガッチリ掴まれる。
「このっ……!」
「よう。なんか楽しそうじゃん」
痣ができそうなほど強く握り、乙女は薬子をついに引きずり出した。
「沖津鏡!」
乙女の身体はきれいにくの字に曲がり、後方に吹っ飛んだ。が、乙女は根性で手を離さなかったため、薬子は一緒に飛ばされてしまう。軌道が低かったため、二人は近くの木にブチ当たって止まった。
乙女の身体がクッションになったせいで、そのまま激突するよりはダメージは少なかったが、それでも薬子はズルズルとへたりこんで地べたに座ってしまっている。
骨の軋むような咳をし、薬子はえずいて血の混じった胃液を地面に吐き出した。
「おそろいだな」
乙女は薬子の前頭部を五本の指でぐっと掴む。
「待って」
力を込めようとした矢先、薬子が呟いた。
「降参よ、降参。あなたの力でこのままギュッとしたら死んじゃうでしょ」
「お前、あたしら殺す気だったろ」
「……まあね」
暫し、二人の間に沈黙が降りた。
「ま、いっか」
乙女は頭部を掴んでいた指をじんわり引きはがした。
「話すんじゃなかったの?」
「ああ?」
「話しに来たんだ、ってしつこく言ってたじゃない。あなた」
「あー……」
乙女は、嘆息しながら頭を掻く。
「お前もう、古墳ブッ壊しちまったしなあ……今更話すようなことも……」
薬子は、耐え切れなくなったらしく、プッと噴き出した。
「……私だって、こっぴどくやられたわ。〝話し合おう〟なんてしつこく言ってたから騙された」
「ああ……ありゃあお前その……じゃれたようなもんだろ」
どちらからともなく、二人は声を上げて笑い始める。
「ねぇ、なにか変わった?」
「ん?」
「私と戦って、勝って、なにかが変わった? あなたの中で?」
何を聞いているのかよくわからなかったが、乙女は一応真面目に考えてみた。
「んー…別に。なんも変わんない」
「そう」
吐息とともに呟くと、薬子は寝そべったまま顎を少し上げ、星空に視線を移す。
「あぅっ、うう……」
薬子は、手を突っ張り身体を起こそうとして、失敗した。苦悶の表情を浮かべている。
「どうしたんだよ?」
「術を解かなきゃ……。あの骸、いくらでも黄泉返るから……」
「あ、ああ、あのガイコツな。無理すんなよ。あたしがやってやろうか? やり方教えてくれよ」
「あなたじゃ無理よ……」
「お、おまかせください!」
乙女の背後から、不意に上擦った雅樂の声が聞こえてきた。
「わたくし、おそらくそれが可能です! 上古様がわたくしをここへやったのは、そのためかと思います」
「雅樂ちゃんいたんだ」
「わかってたなら、もっと早く出てきてもいいんじゃない?」
薬子が言うと、雅樂は僅かに目を伏せた。
「それが……お二人がとてもいい雰囲気だったので、つい声をかけるのがためらわれ……」
「あなたも妙な人ね」
「で、では、わたくし、行って参ります!」
薬子の、やや呆れ気味のため息を背に受け雅樂はさっきまで薬子のいた丘に登っていく。