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第52話

「上古、ってさっき、あの娘言ってたわね。やっぱりあの連中の差し金か」


「ああそう。あのでけー猫みたいなヤツだよ。やっぱ知ってんの?」


 薬子は小さく舌打ちした。


「もうあんなのに関わらないことね。あんな可愛い見た目だし、親しみやすそうだけど、近づかないほうがいい」


「可愛い? あの猫の方?」


 乙女は問い返したが、薬子は答えなかった。


「あいつらは、人間のことも心配してるようなこと言うけど、口だけよ。同じ盤上にいるから勘違いしがちだけど、実際は私達とは全然違うルールのゲームをやってる」


「まー、心配すんなよ。あたしそんなゲーム参加する気ないから」

「心配はしてない」


 薬子は憮然とした調子で言う。


 やすらえ みたま みたまよ やすらえ

 きみよ きみよ やすらえ ぎょくこつも

 かくりみにませば はなとちり おおつち

 ねのくらに もどりましませ……


 雅樂は、崩壊した丘の上に僅かに残った足場で、一人静かに舞っている。


「なによあの娘……出来てるじゃない……」 


 乙女にはよくわからなかったが〝薬子が言うのだから、あの骸骨ももう再び動き始めることはないのだろう〟と思った。


「あの娘、って。多分あたしらより歳上だぞ」

「常夜衛士か。まだ残ってたのね」


 ふと、乙女は薬子の顔を見下ろした。


「ここも結構色んなヤツが居て面白いだろ? このままどっか行ったりすんなよ?」


「……なんであなたにそんなこと言われなくちゃいけないの?」


『やっぱこいつ、バックレる気だったな』


 乙女は心中で口笛を吹く。


「どんな手使っておたすけし隊にもぐりこんだのか知らねーけど、一旦始めたんだから最後までやれよ。その、任期が終わるまではさ」


「考えとく」


 薬子が、味も素っ気もない返事をした時、息遣いも荒く、ミラが姿を現した。


「ちょっと! 終わったんならさっさと帰りましょ!」


 大きな怪我はないようだが、身体の表面や衣服が泥だらけになっている。


「お前……どしたの? それ?」

「聞かないで!」


 ミラはプリプリしながら、乙女に向かって片掌を突き出した。一切の質問をシャットアウトするという意思表示であろう。


「ねえ、早く行きましょ。そろそろハギモリも起きるわ。その寝てるのも連れてっていいから」


 ミラは人差し指で薬子を示す。


「おっ、優しいじゃん」

「なかなか使えそうだしね。眷属に加えようと思って」


「お断りよ」


 薬子は鋭く言ったが、地べたに寝そべったままなので、サマにならない。


「あなた負けたんだから、言う事聞きなさいよ」


 薬子の眉間に深い皺が刻まれる。明らかに気分を害していた。


「まあまあまあまあ! 雅樂ちゃん踊ってるのでも見て落ち着けよ。あれ終わったら帰ろうぜ」


「あら……?」 


 ミラは、乙女に言われて初めて雅樂に気づいたようだった。


「あれは何をやってるの?」

「もう骨が動かねーようにするんだってさ」

「へえー」


 気の抜けたような声を上げるミラ。


「なんだか凄い光景ね」


 半壊した古代の墓の上で、雅樂は鳥のように舞っている。


 呪文のような調べもずっと続いているが、薬子のものと違い、そのまま空に溶けていくような淡いものだった。


「まぁ……悪くないわ」


 やっと半身だけ起こした薬子は、雅樂を見て僅かに笑みを零した。


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