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第26話 秋の祭り2

 秋の祭り。

 開会の儀と共に発表された皇妃様の御子ご懐妊の報告には後宮はお祝いとは真逆のムードが漂っている。

 ここは陛下の寵を欲しくて集まった後宮なのだ、そこで寵を得たのは正妃である皇妃欣怡様のみだと知らしめる結果が出てしまったのだから……。

 皇都に漂うお祝いの祭りムードはここにはない。

 しかし、今日の主役ともいえる後宮の一番の主欣怡様が現れたらさすがにこの雰囲気でいられるわけがない。

 悔しくとも、納得いかずともこれが出た結果であり、殷龍国の後宮の事実。

 皇帝陛下の愛は皇妃様にのみ注がれているという事実。

 この後宮の中では争うことのない貴妃である周貴妃が、一番に皇妃様の前に来てにこやかに祝いの言葉を述べた。

「皇妃様、このたびは御子様のご懐妊おめでとうございます。元気な御子様の誕生を心待ちにしております」

 それは紛れもない周貴妃の気持ちであると分かるほどの穏やかな笑みに気持ちの入ったお言葉だった。

「ありがとう、周貴妃。後宮にも商人が来てくれて市が立つので是非、侍女と共に楽しんで」

 周貴妃に丁寧に礼を述べて後宮での感謝祭を楽しむようにと声をかける。

「はい、楽しませていただきます。して、少し後ろの劉貴妃様にお伺いしたいのですが」

 どうやら私指名で、聞きたいことがあるらしい。

「なんでしょうか?」

 それはきっと素朴な疑問だった。

「劉貴妃様は皇宮師団の師団長様の娘様ですよね?」

「えぇ、皇宮師団張であるのはわが父、劉采庵でありますが。それが?」

 一体何を聞きたいのか分からないので、疑問形で投げかける。

「それでは師団長補佐で、師団長代理である劉星宇様は劉貴妃さまの兄上でお間違いないでしょうか?」

 ちょっと恥ずかし気に、でも聞かねばという使命感に燃えているのが見えるかのようだったので私は少し引きながらも答えた。

「はい、私の兄で間違いございません」

 私の返事にお目目をキラキラさせて、周貴妃様はおっしゃった。

「では、ぜひ私に星宇様と市巡りさせてくださいませ」

 それは貴妃としてはあるまじき、武官とデートしたいという自己申告である。

 しかも本人すっ飛ばしてなぜか、妹の私に。

「それは星宇兄さまのお仕事如何かと思いますが、周貴妃様からのお誘いであれば嫌がることも無いだろうとお伝えしておきます」

 ニコッと微笑みつつ返した言葉の裏には『いい年した大人なのだから、大人の恋も経験値詰みにだけはならないようにと恋愛に関することは自力で頑張れ』というお返しである。

 私の返事にガクッと肩を落としつつも周貴妃様はしっかりとご自身を立て直した。

「そうですわね。恋は始まりこそ不完全だったが、少しずついい形を目指すならば自分で頑張らないと駄目ですね」

 そう言うと周貴妃は最後にもういちどお祝いを述べて去っていった。

 やはり、彼女はこの後宮では陛下には一切興味が無いのが改めて良く分かった。

 うちのお兄様が良いなんてちょっと変わっているとは思うけれど。

 絶賛お嫁さん募集中だから、良い感じに頑張ればいいと思う。

 こうして波乱の感謝祭が開幕されるのであった。

 ちなみにほかの貴妃達は、祝いの言葉を不服そうに述べる。

だったら黙りなさいと欣怡様の後ろでひんやり微笑むと尻尾巻いて逃げ出すので、とっとと追い払うことが推奨されたのだった。

 女官長もほかの貴妃の態度には大変ご立腹だったので、私の微笑み撃退は大変良い評価を頂きました。

 祝い事も祝えない人たちは、正直言葉だけとか意味がないので速やかに退散させるのが吉。

 妊婦さんである欣怡様にストレスになってはいけないのだから。

 私はその後も欣怡様の後方に控えて、本当の祝いの言葉にはにこにこと相槌を打ち、おべっかや祝う気持ちの無いものは速やかなる撤退を促す笑みで撃退した。

「梓涵、彼女たちにもそれなりに立場もあるから祝えない気持ちも分かるのよ。でも、この子を考えると少し複雑に感じていたから助かったわ」

 そんな欣怡様の言葉に私はにこやかに答える。

「もったいないお言葉です。私は健やかなる御子様の誕生と欣怡様の安産を切に願っておりますので」

 紛れもない願いを口にしつつ、私の後方では猫鈴たちや、若手武官たちがしっかりと刺客捕獲をしてくれるのだった。

 やはりというか、公表が引き金となって後宮に市が立つのを見こして刺客をバンバン送り込んでいるのだから。

 殷龍国の皇妃の立場がどうしても欲しい人物がいる様子。

 容疑者的には胡貴妃、張貴妃あたりだとは思うが二人とも尻尾を掴ませない感じなのでこの感謝祭で良い感じに掴めないものかと思案するも、ご懐妊の情報公開の開始と共に欣怡様のスケジュールと居場所は非公開に切り替わった。

 つまり護衛くらいしか日々のスケジュールも居場所もつかめない。

 それを精鋭である皇宮師団が引き受けるのだ。

 守りのガードは私が守って来た時の比ではない。

 それでも私が後宮に居るのは、幼馴染でお姉さんである欣怡様だけにしたくない思いがあるから。

 感謝祭の期間は秋のうちの一月ほどだ。

 この一か月で少しでも進展しますようにと祈らずにはいられない私を、雪はすこし心配そうに、黒と蒼はどんどん甘えてくるので夜は黒と蒼と一緒に寝台で寝るようになった。

 夜はもふもふたちに癒されながら、どうにか過ごすのだった。


 感謝祭がスタートして数日。

 本日は欣怡様と共に後宮の市を見て回る予定だったが、基本その日にならないと体調加減の分からない欣怡様。

本日は起きられないレベルに具合が悪かったと聞いた。

 あとで何をお見舞いに持っていくのか見極めなければと私は舜娘を連れて市を見に来た。

 いくつか見ているうちに花屋の花が目に入った。

 そこには綺麗に咲き誇る何色かのガーベラがあり、見入る。

 たしかガーベラには色ごとに花言葉がある。

 それを思い出しながら、黄色とピンク白で小さなブーケを作ってもらう。

「お似合いですね。どなたかに渡すのですか?」

 店主の可愛いお姉さんがそう尋ねてくれるので私はニコッと微笑んで答えた。

「お姉様がね、ちょっと体調を崩していて今日来られなかったからこのお花をお土産にしようと思うの」

「そうだったんですね。一緒に来られなくて、残念でしたね。感謝祭の間は一日おきにここで出店しているので、お姉様が元気になったらまたお越しくださいね」

 そんな会話をして私は花屋を後にする。

「確かに、欣怡様はお嬢様のお姉様で間違いありませんね。星宇様よりよほど、姉妹らしく過ごされていましたからね」

 その昔、お兄様と龍安様が家で訓練している間は欣怡様もいらして、その時私は訓練免除になり女子として必要な裁縫や刺繍、歌を習ったりしたのである。

 その時欣怡様を教えていた先生が一緒に指導してくれた。

 そんな過去の時間があったからこそ、後宮で貴妃の擬態が出来たとも言える。

 素地って大事なんだなと、その時過去に頑張った自分を褒めたくなりました。

 先生も欣怡様も、結構スパルタ指導だったからね……。

 そりゃあ、剣とか槍とか持って動く方が得意だった子に女性としての所作を叩き込んだのだから、先生も欣怡様もかなりの先生力だったと思います。

「そうね、兄さまはどちらかというと武芸の兄弟子と弟弟子みたいな関係で妹の扱いされてなかったわよね」

 それには速攻で舜娘から肯定の頷きが返された。

 周囲から見てもやはり兄と妹ではなかったようだ。

 まぁ、我が家ではそれが通常運転だったんだよと納得する。

「さ、他にも面白いものや美味しそうなものを買って帰りましょう。猫鈴も来られたらよかったけれどお仕事だから仕方ないわね」

 こうして感謝祭初めの方の市は短時間にさっと回って食べ歩きと共に、欣怡様や猫鈴へお土産を渡すという楽しみ方で終わったのだった。

 欣怡様のお部屋に向かい、お花を渡すと喜んでくれた。

「ふふ、この花の色選んだのは梓涵でしょう? 花言葉も一緒に習ったものね」

 そう言って、喜んでくれた。

 猫鈴には皇都で流行っている焼き菓子を買ってきて渡すと、やはり喜んでくれた。

「これ、なかなか買えないんですよ!すぐに売り切れちゃって。食べてみたかったので、すごく嬉しいです。ありがとうございます、梓涵様」

 そう言うと、跳ねるように箱を抱えて諜報部のお部屋に帰っていった。

 やはり、女子たるものは甘いものがとことん好きなようだ。

 喜んでもらえてなによりである。

 その後、ちゃんと独り占めせず栄や清にもしっかり渡した猫鈴だったので栄や清にもお礼を言われたのだった。

 ほんと、過激なことも言うけれど猫鈴はいい子である。


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