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第25話

 見たこともないニナの悲しげで辛そうな顔に、思わず足が前に出た。


「そ……それ以上、……ニナに近づかないでっ!」


 震える声で、ふたりからニナを隠すように立ちはだかった。

 母親のじろりとした鋭い目がこちらを向いた。


「……あん? なんだい、不機嫌聖女様に用はないんだよ。あたしはちょっと娘に助けを求めてるだけなんだ。他人がしゃしゃり出てくるんじゃないよっ!」


 父親がじり、とこちらににじり寄る。


「どうせこいつは見た目がいいだけのハリボテだ。……くくっ! お前が昔していたことを皆にバラしたら、とんだ笑いものだろうさ。なぁ、ニナ?」

「え……?」

「何せ未来の国母様なんだ。あたしたちの酒代くらい、どうとでもなるだろ? 聖女としても娘としても役立たずな分、そのくらいしてもらわないとねぇ」

「なっ……なんてこと……! 実の娘をそんなふうに……」


 あまりの言い様に、ぐっと唇を噛み締めた。


 子を愛する親ばかりじゃないことは、自分自身が一番よく知ってる。でも面と向かってこんなことを言うなんて、あまりにひどい。

 昔ニナが何をしていたかなんて、知らない。そんなこと、どうでもいい。


 震える声で、ふたりをきっとにらみつけた。


「や……やめて……! ニナを傷つけるようなこと言わないで! じゃないと、私……」


 母親が一瞬目を見開き、ぷっと噴き出した。


「あぁんっ!? なら何だって言うんだい? まったく陰気で気味の悪い聖女様だねぇ。呪われているって噂は本当かもねぇ?」


 あざ笑うように母親が言い放てば、父親もげらげらとおかしそうに笑った。


「ぶわぁっはっはっはっはっ! まったくだ。どうにもジメジメしてかなわねぇ。いいからお前はすっこんでろ! 不機嫌聖女さんよぉ?」


 ぶるぶると握りしめた拳が震えた。

 立ち向かう恐怖からなんかじゃない。ただ、隣でうつむくニナの姿が痛々しくて悔しくてたまらなかった。


 気がつけば、一歩踏み出していた。


「……撤回して」

「……あん?」


 よく聞こえなかったのか、ふたりのいぶかしげな視線が向いた。


「え……? え、ちょっと、ラリエット!? 何する気……? ねぇ、ちょっと!」


 ニナが慌てたように、肩をつかんだ。けれど、どうにもこのままでは腹の虫が収まらなかった。


「撤回してください……っ!」

「は?」

「なんだと?」


 じっとりと下からすくい上げるように、ふたりをまっすぐに見やった。

 分厚い前髪の向こうで、ふたりがわずかにたじろぐのが見えた。


「な、なんだい……」

「な……こっちにくるんじゃねぇよ……」

「……撤回して。今すぐに」


 じり……。じり……。


「は? だから一体何のこと……?」

「き、気味が悪いったらねぇ……。何なんだ、あの目はよぉ……」

「今すぐ……、ニナにあやまって。そして撤回して」


 じり……。じり……。


 その瞬間びゅう、と強い風が吹いた。

 偶然風が分厚い前髪をふわりと浮かび上がらせ、水色の目が露わになった。


「ひっ……!」


 母親の口から小さな悲鳴が上がった。


 巷では、この水色の目でにらまれると呪われるなんて噂もあるのだ。

 そんなのはただの迷信だとわかってはいても、多少脅かすくらいの効果はあるだろう。


 さらにふたりをにらみつけながら、追い詰めていく。

 けれどふたりもしつこく食い下がる。


「くっ……! む、娘に金を融通してもらって何が悪いんだい……」

「い、いいからさっさと金を寄越せ! このハリボテがっ!」


 ふつふつとお腹の底からわき上がる怒りをどうにか抑え、真っすぐにふたりを見すえ、ずずい、と大きく踏み出した。


「黙りなさいっ! ニナはハリボテなんかじゃないし、あなたたちの金儲けの道具じゃない! これ以上ニナを悪くいったら、私が許しませんっ!」

「く、くっ……!」

「なんだってんだよ……」


 じり……。じり……。

 じり……。じり……。


「ニナはハリボテなんかじゃない。撤回して。謝って」

「「……」」

「そして二度と、ニナに近づかないで」

「「……」」


 ひたすらに同じ言葉を繰り返しながら、表情ひとつ変えずににじり寄る姿が気味が悪いのだろう。ふたりはとうとう逃げ出した。


 その隙にニナの手を取った。


「さぁっ! 今のうちに馬車にっ!」

「え!? あ、う、うんっ!」


 ニナの手を握ったまま、思い切り走った。そして馬車にかけ込み、御者に告げた。


「出してくださいっ! 急いで聖女宮に戻ってっ」

「は、はいっ!」


 馬車は、聖女宮へと向け全速力で走り出した。



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