儀式を無事に終え、久しぶりに軽やかな気持ちでニナと帰途に着こうとした時だった。
「ニナ。あたしたちに何の挨拶もなく行く気かい?」
「まったく、親不孝にもほどがあるな」
背後からかけられたふたつの声に、同時に振り向いた。
「……?」
見知らぬ中年の男女が、背後で仁王立ちしていた。
ふたりとも昼間から酒をのんでいるのか、酒臭く顔も赤い。
「……どうしたの? ニナ」
ふと見れば、久しぶりに明るさを取り戻したように見えたニナの表情が暗く曇っていた。
見たこともないほど冷ややかな目に、はっとする。
「……こんな奴ら、知らないわ。行くわよ! ラリエット」
強張った顔でニナが腕をつかんだ。
けれどどうも様子がおかしい。なんだかひどく怯えて何かを恐れるような表情を浮かべたニナに、首を傾げた。
そしてふと気づいた。
(もしかしてこのふたりって……?)
顔立ちが似ているというわけではないけれど、女の顔をよく見れば少しニナと似た雰囲気を感じる。
もしやと思い、ニナにたずねた。
「ニナ、この人たちってもしかして……」
ニナから家族や下町にいた頃の話を聞いたことは、一度もない。けれどこのふたりはもしかして、ニナの両親なのでは――。
けれどニナは厳しい表情を浮かべたまま、首を横に振った。
「……知らないわ。こんな薄汚い酔っ払い……!」
その言葉に、ふたりが小さく笑い声を上げた。
「へぇ? せっかく実の親との再会だってのに、つれないねぇ? こっちは命がけで産んでやったってのに」
「立派な聖女様になった大事な娘に声をかけて、何が悪いってんだ。なぁ? ニナ」
ふたりがニナをにやにやとした目で見やり、じりと近づいてきた。
(やっぱりこの人たち、ニナの両親なんだ……。とてもそうは見えないけど……)
親子の再会というには、あまりにも空気が刺々しい。良好な関係ではないのは明らかだった。
それにこんな昼間から酒の匂いを漂わせているなんて、ろくな暮らしぶりではないだろう。
ニナの態度からして、ふたりとの再会を喜んでいるようには微塵も見えない。
そういうことなら、とニナに小さくうなずいてみせた。
「……行きましょう。ニナ」
「……」
ふたりを無視して急ぎ歩き出せば、背中にしわがれたねっとりとした声が追いかけてきた。
「待ちな! どこ行く気だい? まだ話は終わっちゃいないよ。……ところでニナ、あんたまだ王子様をものにできてないのかい? あんたの唯一の取り柄を使ってたらし込めば、簡単だろうに。ふふっ!」
思わずばっと振り返った。
とても母親が娘にかける言葉とは思えない。驚きの目で呆然と見やれば、父親らしき男がにやにやしながら続けた。
「いい暮らしをしてるだけあって、なかなか肉付きもよくなったみてぇだな。聖女なんかにならなかったら、大層稼げただろうになぁ? もったいねぇ……」
下卑た言葉と笑い声に、思わず怒りがこみ上げた。
(な、何てこと言うの……!? ひどい!)
むかむかする思いをどうにか押しとどめ、ニナの手をぎゅっと握りしめた。
「ニナ。馬車まで走りましょう!」
「え……!? え、あ……う、うん……!」
これ以上こんなひどい言葉をニナに聞かせたくない一心で、走り出そうとした。
けれどふたりは、なおも食い下がった。
「ちょっとニナ! 金を置いていきなっ! お前が急にいなくなったもんだから、こっちは商売あがったりなんだよ」
「酒を買う金が尽きちまってなぁ。聖女様ってのは、たんまり国から金をもらえるんだろう? 今持ってるだけでかまわねぇから、置いていけ!」
ふたりの要求に、思わず振り返った。
「あんたは優しい子だ。まさかロンみたいに、あたしらを見捨てる気じゃないだろう?」
瞬間、ニナの肩がびくりと反応した。
「お前がちゃんと面倒見てやってりゃ、ロンは死なずに済んだんだ。同じ後悔をしたくないなら、さっさと金を寄越しな。家族は互いに支え合わねぇとなぁ?」
「くっ……!」
ニナの口から、苦しげな声が漏れた。
「ニナ? あの……大丈夫? さっさとこの人たちから離れた方が……」
それにこんな往来で大声でやり取りしていたら、町の人たちが集まってきてしまう。事情はよくわからないけれど、ニナにとってそれは嬉しいことではないだろう。
けれどニナは、足が地面に張り付いたかのようにぴくりとも動かない。
「ニナ……」
(どうしよう。このままじゃ……、どうにかしてニナを早くこの人たちから引き離さなくちゃ……)
けれどどうしていいかわからずおろおろしていると、ニナが振り絞るように声を上げた。
「ロンを殺したのは……、あんたたちじゃない! 親のくせにろくに面倒も見ないで、あの子は体だって弱かったのに……! 薬だって、食べ物だって満足に与えずに放っておいたくせに……」
ニナが、ふたりを暗い目でにらみつけた。