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第33話

 ラグドルの運命は、決して生温いものではなかった。

 王族の血を確かに引いているとはいえ、その存在は誰にも認められず隠され続けた。


「ラグドルが王族の中でも一、二と言えるほどの魔力量を有していると知って、一族の者はひどく恐れたらしい」

「恐れた? なんで?」

「自分たちの力をはるかに上回るラグドルが、いつの日にか自分たちの金と権力を奪いにくるのではないかと恐れたんだろう」

「あぁ……。なるほどねぇ。だからいないものとして扱ったってこと?」


 ニナの問いかけに、デジレは苦笑交じりにうなずいた。


「力で支配しようとする者は、同時に自分よりも力のある者を誰よりも恐れるものだからね。自分にはそれ以外の能力は何もないと、心の奥底では理解して誰より怯えているんだ」


 ラグドルは、ただ存在を隠されただけではなかった。


 出自を名乗ることは当然許されず、常に王家の監視下に置かれていた。居住地も仕事も自由に選択する自由さえ与えられず、王都を出ることも許可されていなかったという。


「母親はそれでもどうにか幼いラグドルを抱え、必死に育てた。が、もともと体の強くない女性だったらしくてね。病気がちでその日食べるものにも事欠く生活だったらしい」

「え!? 王家からは何の援助もなかったんですか……?」

「勝手にはらませてがっちり監視までしておきながら、何にも助けもなし!? 人でなしもいいとこねっ!」


 民に圧政を敷き暴利を貪っていた国王とその一族が、いかにもしそうなことではある。


「でもそんなにすごい魔力を持ってたんなら、なんでその力を使って逃げ出さなかったの? 人心を操るとかだってできるんだしさ、見張りなんて簡単に伸せただろうに」

「うーん……。でも子どもだったんだし、さすがにそれは難しかったんじゃない?」


 魔力を自在に扱うには、それなりの鍛錬や術式の勉強が必要だと聞いている。

 必要な書物も手に入れること自体、難しかったはず。魔力を持っているからと言って、何の訓練なしに使いこなすなんてできっこない。


 そう思ったのだけれど、実際には違ったらしい。


「実はラグドルは、そういう意味においても天賦の才を持っていたんだ。物心ついた時には天性の勘で、すでに魔力を相当に使いこなしていたらしい。それを知った王家はすぐさまラグドルに魔力の発動を禁じる拘束魔具をつけ、力を抑え込んでいたんだ」

「そんな……。ひどい!」

「やれやれ……。小さい子どもが大人に踏みにじられるのは世の常ね……。まったく……」


 ニナの言葉には、ひどく実感がこもっていた。とても他人事とは思えないのだろう。


 ラグドルはどんな思いで母とふたり、存在を隠されたまま生きていたのだろう。

 両親に捨てられ、冷たく暗い地下室に閉じ込められ隠されていた幼い日の自分と重なった。


「そんなある日、あの騒乱が起きた。ラグドルの運命を大きく変える羽目になった、あの蜂起がね」


 騒乱が起きた時、ラグドルは十歳にも満たなかった。


民衆が王城へと流れ込み、王族が次々民衆によって捕えられ、ある者は処刑されある者は牢に入れられた。もはや国王の首が落ちるのも時間の問題だった。


 そんな中、ラグドルは母親とともに王宮に呼び出された。


「国王は、ラグドルの母親の首に剣を突きつけラグドルにこういったらしい。自分の代わりに今すぐ王位につけ、とね。そうすれば拘束魔具からも解放して、魔力を使えるようにしてやる、と」

「え……? それって……、つまり身代わり……?」

「……まさかその間に自分だけ逃げるつもりで、ラグドルを……?」


 デジレが苦々しい顔でうなずいた。


「まだいたいけな子どもを身代わりにすれば、自分たちが逃げ出す時間稼ぎくらいにはなると踏んだんだろう」


 あまりにむごたらしい話だった。まだいたいけな子ども相手に、母親を殺されたくなければ言う通りにしろと脅すなんてとても一国を治める王のすることではない。


「そ、それで結局どうなったの……? 母親は? ラグドルが今も生きてるってことは、どうにか逃げ出せたってこと?」


 ニナが身を乗り出すようにたずねた。


「もうその頃には情報が錯綜していてね。確かな記録は残っていない。……だがその後国王が捕えられる直前、王宮内で激しい爆発が起きたという証言がある」


 その爆発は、明らかに人為的なものではなかった。よって残っていた王族の誰かによる魔力による仕業だと考えられた。

 でももしかしたらそれは、ラグドルが起こしたものだったのかもしれない。


「すでに魔具による拘束からも自由になっていたラグドルの姿は、それきり誰も見ていない。母親の行方もようとしてわからないままだ……」


 その後のラグドルがどうなったのかは、誰も知らない。

 記録の中からも、人の記憶の中からもラグドルとその母親は忘れさられた。


 その後、わずかに残っていた王族はひとり残らず苛烈な粛清にあった。そして、ダーハット国は民政国家として一歩を歩み出した。

 だが民がいくら集まったところで、簡単に国を立て直すことなどそうそうできるはずもない。


 結局は他国にのみ込まれ、淘汰された。

 こうしてダーハットという国もまたラグドルとともに、この世界から消えたのだった。



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