「アンナ! 俺はここにいるから誰か呼んできてくれ!」
「わ、分かった!」
オークは血塗れのネズミか何かの死体を食べるのに必死で、私には気付いていない。
オルドも木の上に避難はしているので、私はここまで大人を連れてくることを優先する。
何回もこの山道は来たことがあるのに、さっき血だらけのオークの口を見たからか、足に力が上手く入らない。
「アンナちゃんだ! オルドはどこだ!」
「こ、こっちです! オークもそこに居ます!」
頑張って村まで走って帰ろうとしていたけど、おじさん達が近くまで来ていたからすぐにオルドとオークの居る場所へ戻ることになる。
「あそこです!」
「よし、オルド! そこから絶対に降りるな!」
「分かった!」
そこからはおじさん達がオークと戦い、何度も剣で斬りつけ、槍を突き刺し、矢を飛ばして倒すことが出来た。
私は初めてモンスターとの戦いを間近で見て、命のやり取りを、そして命の灯火が消える瞬間を目にした。
オークを必死に倒そうというおじさん達の気持ち、最初は餌が増えたと喜んでいたオークが次第に死にたくないと必死に抵抗するようになる気持ち、おじさん達の戦いに胸を躍らせているオルドの気持ち、私は今何故か皆の気持ちを覗こうとしたら見えてしまう。
「アンナちゃん。もう暗いからおじさんが背負うよ」
「……ありがとう」
「お父さんもお母さんも心配してるからね」
「オルド無事か?」
「へっちゃら!」
「アンナ達を逃がしたんだってな」
「そうそう! 俺ってやっぱり凄いだろ!」
「オルドは俺が背負う。お前腰抜けて木から降りたくても降りれなかっただろ」
「そ、そんなことないし!」
あぁ、やっぱり皆の気持ちが分かる。
今私を背負ってくれているおじさんは、オルドが村へ帰ったら皆に怒られるだろうから、今は何も言わないであげようと考えていることまで分かる。
「……私、おかしくなったかも」
「アンナちゃんは初めてモンスターとの戦いを見たからかもね。今日はお母さんと一緒に寝ないとかもな」
「……うん」
おじさんはもう私のことなど考えてない。今は晩ご飯の前に血で汚れた防具と武器を綺麗にしないといけないことを面倒臭がっている。
「……槍は手入れって難しいの?」
「ん? まぁ血で汚れたとこを拭くくらいだな」
「防具も?」
「あぁ。家に入る前に拭かないと怒られるんだ」
やっぱりおじさんの考えていることは、私と同じように向こうで背負ってもらってるオルドよりも詳細に分かる。
「アンナ!」
「無事だったか!」
「お父さん、お母さん!」
私はお父さんとお母さんが見えた時に、2人とも私のことを心配してくれてるのが伝わってきて嬉しかった。
「帰ろう」
「うん」
「朝言った鹿肉のシチューよ」
「う、うん!(お父さん、どういうこと?)」
こうして私はお父さんとお母さんに手を握られ、家へと帰るのだった。
お父さんが今回の件に関わっていることには気付いていないフリをして。
「アンナ!」「アンナー! 大丈夫だった?」
「うん、メナありがとう」
ヒューとメナは昨日から私のことを心配してくれてたというのは伝わった。
「……」
「アンナどうしたの?」
「何か僕に変なもの付いてる?」
「……ううん、何でもない」
「よ!」
「「「オルド!」」」
「ごめん皆、今日は遊べないからそれだけ伝えに来た」
「オルドのせいで僕も昨日お母さんに怒られたよ」
「わりぃわりぃ」
「しっかり怒られてくることね」
「まぁそれはそうなんだけど、今日はなんか俺の能力を確かめるらしくて」
「能力?」
「アンナに昨日俺が能力持ちかもって言われて、父さんに言ったらそれを確かめるために今日から遊ぶのは禁止って言われた」
「オルドにこの期間で反省してもらうってことでしょ」
「僕もそう聞こえる」
「だからまたな!」
そう言うとオルドはすぐに家へと帰って行った。
「じゃあ今日は3人で遊ぼっか」
「そうだね」
「うん」
ここから1週間ほど3人で遊ぶことになり、私とヒューとメナは皆でオルドが居ない中、いつもより静かで少し物足りない時間を過ごすのだった。
「アンナちゃんどうしたの?」
「……メナには言っておきたくて」
「なぁに?」
「その、私も能力持ちかもしれないの」
「え! おめでとう! アンナはどんな能力なの?」
「……誰にも言わない?」
「当たり前!」
「……人の考えてることが分かるの」
「え?」
「今メナがそんなことできるわけないって思ったのも分かった」
「え、」
「本当に分かるんだって今驚いてる」
「す、凄いねアンナ」
「……ありがとう」
この後もメナが考えていることを当てるというゲームをして、この時はメナも私の能力に喜んでくれていた。
「あはは、楽しかったね!」
「うん、メナありがとう」
「アンナのお父さんとお母さんは?」
「メナだけしか知らない」
「これって凄い能力だから、絶対に将来アンナは凄い人になれるよ!」
私はそう言ってくれたメナだからこそ、メナの心を読める私だからこそ、この事を伝えても良いと思ってしまった。
「……メナ、怒らないで聞いてくれる?」
「うん。何でも聞くよ」
「……ヒューがね、たぶん明日メナに嘘をついて、私と2人で遊ぶ約束をしに来ると思うの」
「何で?」
「……ヒューが私に告白しようって」
「えっ」
「で、でも私はヒューのことが好きなわけじゃないから、付き合うつもりはないよ!」
「そう、なんだ……」
「だから、その、ごめん」
「アンナが謝ることじゃないよ」
「でも」
「分かった。明日はヒューの嘘に引っかかってあげるね」
「……うん」
そして次の日、ヒューは私に告白をしてきた。もちろん私はヒューの告白を断って、その日はそれで終わった。
「メナ?」
「アンナのおかげでヒューと付き合えたの」
「え? お、おめでとう」
「ありがとう」
「ちなみにどうして?」
「ヒューがもしアンナに振られたら、私と付き合ってって昨日言ったの。そしたらヒューが良いよって言ってくれて」
「そうなんだ。おめでとう」
「うん、だから、その、もうアンナとオルドとはあんまり遊ばなくなるかも。ヒューがアンナに振られたっていうのもあるし」
「確かに……分かった」
「じゃあまたね」
「うん、本当におめでとう」
「うん、ありがとう!」
そしてオルドも無事能力持ちということが分かり、これからは大人達の狩りへついて行くというのを伝えに来てくれた。
「ヒューとメナは付き合ったし、アンナは1人で大丈夫か?」
「全然大丈夫だよ」
「な、なぁ、このままだとアンナも1人で俺も1人になるしよ、俺達も付き合わねぇか? 俺は能力持ちらしいし、絶対アンナを守ってやる!」
「えっと、じゃあオルドの手繋いで良い?」
「え? あ、あぁ」
「私達を森の中で助けてくれたこと、本当にありがとう」
「お、おう!」
「オークから私達を守って、本当にオルドは凄かったよ」
「ま、まあな」
「でも、私がヒュー達と逃げた後にまた帰ってきたけど、その時にいたあのネズミみたいな動物は何だったの?」
「え? あ、あぁ。あれは、逃げてる時に、オークが見つけて咥えたんじゃないか? 俺は木の上に逃げててアンナに言われるまで分からなかったしな」
「……そう、ありがとう。また返事は今度でも良い?」
「え、あぁ、分かった」
私はオルドと別れ、自分の部屋へと入る。
「はぁ、皆、嘘つきなんだ」
ヒューとメナが付き合った後あまり会ってなかったけど、この前ヒューにも私の能力を知られていた。
それでメナもヒューも私のことを避けるようになって、何で私の能力の事をヒューに言ったのかメナに問い詰めたら、もうアンナとは関わらないからと、そう言われた。
確かに今思うと、能力の話をせずに何で私に振られたらメナと付き合うっていう話をヒューに出来たのか不思議だった。たぶんこの時には既に私ということを隠して、メナはヒューに能力のことを伝えていたのかもしれない。
しかも知らない間にヒューには私が生まれてからずっとこの能力を持っていたということにされていて、ずっとヒューの気持ちを弄んでいたんだと、なんでもっと早く言ってくれなかったんだと言われた。
そしてオルドについてもそう。モンスターに襲われたあの日、オルドは私と森の中で2人きりになる計画を立てていた。
そしてそれには協力者が居て、それは私のお父さん。
お父さんは自分の仕掛けた罠じゃないものに大きな鹿が掛かっていて、誰にも見られていないからって自分のものにした。
でもその時オルドが森の中をいつものように探検しに来ていて、大きな生物の反応を感じてやって来たら、人の罠から獲物を盗んでいるお父さんを発見した。
オルドはお父さんをズルい人だなって思ったけど、誰かに言いふらそうとか、そういう気はなかった。
でもお父さんから何かオルドに協力するから今のは見なかったことにしてくれと言われて、私と森の中で2人きりになることへ協力してもらうことにする。
協力の内容はシンプルで、罠に掛かって脱走した動物がいるように見せかけるため、血を森の奥に行かないあたりまで垂らしてくれと言うこと。
お父さんはそれを了承し、ネズミを数匹捕まえて、川の小さな切り株の近くから血を垂らしていく。
オルドとしてはこういうのが苦手なヒューとメナはすぐに帰るだろうと予想し、結果見事にその予想は当たった。
「オークから助けてくれた時は本当にカッコいいって思ったのになぁ」
森では広範囲に血の匂いをばら撒くことは危険な行為とされていて、オルドは危険なことをお父さんにさせる気はなかったんだろうけど、お父さんはオルドがそれを知っていて自分にさせているのだと思っていた。
そして血の匂いに誘われたオークがやって来て、後は私達が体験した通り。
途中オークがネズミの死体を咥えていたのは、お父さんがネズミの死体を捨てた場所をオルドが覚えていて、そこまで走ってネズミの死体をオークに与えたから。
「もう、誰も信じられないかも」
お父さんもお母さんも私のことを大事に思ってくれてる。
最近あまり外に出ない私を気遣ってくれてることもご飯を食べる時に分かる。
でも、私を気遣ってくれるお父さんとお母さんをこの能力で覗いていると、たまに家族への隠し事が見える。
酒場のお姉さんが気になっているお父さん、狩猟チームの若いお兄さんがカッコいいと思っているお母さん、料理の味をもっと濃くして欲しいと思っているお父さん、もう少し狩りの後は血の匂いを落としてから家へ入って欲しいと思っているお母さん、オルドに脅されないか心配なお父さん、私を見てあと1人子どもが欲しかったと思うお母さん、挙げたらきりがないくらい色々なことをお父さんもお母さんも隠している。
そして私がオークに襲われて帰ってきた日、お父さんはオルドに朝のことをバラされないかビクビクしていたことも。
「お父さんお母さん」
「なんだ?」
「どうしたの?」
「……私能力持ちなの」
私は自分の能力をお父さんとお母さんに伝えたらどうなるかなんて、この時はあまり考えていなかった。
仮に私の能力が受け入れられなかったとしても、これまで2人の秘密を言いふらさなかった実績があるから信じてもらえると、そう思っていた。
「そうなのか、どんな能力なんだ?」
「珍しいわね。教えてくれる?」
「あのね……私、人の心を覗けるの」
私の能力を両親に伝えてから3年後、相手の考えていることが分かるという話は村中に広まり、たまに来る商人の馬車へ忍び込んだ私は、逃げるようにこの村を去った。