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第17話 信じることのできる存在

「その後は数ヶ月ほど色々な場所を転々とし、ブロフォント家の面接を受け、ライ様のお世話をしておりました」

「あの、アンナさんのお父さんとお母さんに能力のことを伝えた後はどうなったんですか?」

「私に心を読まれているのがストレスで、私へよく怒るようになりました。考えていることが分かるなら直接言っても良いだろと」

「……」

「そうなると私は覗きたくもない心を覗かないといけません。いつ暴言を吐かれるか、暴力を受けるか分かりませんから」


 最初は能力のことを伝えても両親にあまり変化は無かったらしい。少し相手の考えていることが分かるだけだろうという認識だったというのもあるそうだ。

 ただ、アンナさんのお父さんが酒場の女性と関係を持ってしまった後から、お父さんはアンナさんへ厳しく当たるようになった。

 それを見たお母さんが何事かとアンナさんへ聞き事情を説明すると、お母さんが大激怒。

 するとお父さんはお母さんの秘密を言えとアンナさんへ暴力を振るい、お互いに知られたくない秘密をアンナさんに次々と暴露され、そこからは喧嘩の絶えない日々が始まったというわけだ。


「辛かったですね」

「いえ、その時の私は感情が殆どなかったです。ただ、もうここに居たら危ないと本能で感じて、気付いたら馬車に潜り込んでました」


 村を出た後アンナさんは能力を使い、毎日を必死にただただ生きた。能力を使って人が望んでいることを、人が求めているものをアンナさんは提供し続けた。

 しかし、能力を使うならもっと安全な場所に行きたい。村のようなことが起こらないためにも、貴族という後ろ盾が欲しい。そう思ってその時働いていたお店を辞めて、貴族の使用人へ挑戦してみたところ、見事ライの専属メイドに選ばれたというわけだ。


「ルイ様はよく私のことを褒めてくれますが、所詮私という人間は何も凄くなどありません。後先を考えず能力をベラベラと喋り、知り合い、友達、家族、そして故郷を失った、ただの女です」


 そう話すアンナさんの表情を僕は見ることが出来ないが、僕は手を伸ばしてアンナさんの手をどうにか掴み、強く握り締める。


「アンナさんは凄いですよ」

「いえ、私が1番自分のことを分かっています。私は凄くなどありません」

「いいえ、それは違いますね」

「なぜそう言い切れるのですか?」

「僕はアンナさんが凄いことを知っているからです」

「私が凄いのはこの能力だけです」

「能力以外も凄いです」


 アンナさんはいじけた子どものように、自分のことを認めようとしない。

 過去のことを思い出したからか、今のアンナさんはいつものアンナさんではなく、幼稚で、頑固で、対応が難しい。


「僕は今のアンナさんよりもアンナさんのことを理解している自信があります」

「どういうことですか?」

「僕は今のアンナさんをアンナさんよりも理解しているので、アンナさんがどれだけ自分のことを凄くないと言っても、僕が間違っていると言えば、それは間違いだということです」

「そんな論理はおかしいです」

「僕はおかしくないと思います」

「……私は他人の心を覗く能力を持っています。そんな能力を持つ私が自分のことを分かっていないわけがありません」

「じゃあ僕の心を覗いて確かめてください。僕がアンナさんを凄いと思っていることを」

「ルイ様が凄いと思っても、私が凄いとは限りません」

「……じゃあ僕がアンナさんを凄いと思っても、それは意味がないということですか?」

「違います! そういうことを言いたかったわけではなくて、その……」


 一呼吸置いて僕はアンナさんへ話す。


「アンナさんの辛い過去を思い出させてしまったのは僕がお願いしたからですよね、ごめんなさい。でも、アンナさんは本当に、素晴らしい人なんです」

「ルイ様が私の事をそのように思ってくれていることは分かりました。ありがとうございます」


 アンナさんは先程より少しだけ雰囲気が柔らかくなった。


「ちなみに僕はまだアンナさんの事をアンナさんより分かるって思ってますけどね」

「じゃあ今私の考えていることを当ててみてください」

「いいえ、当てられません」

「……では私の何がルイ様には分かるのですか?」

「僕がアンナさんを膝枕したら喜んでくれること」

「はい?」

「僕がアンナさんに好きと言ったら喜んでくれること」

「えっと」

「そして、僕がアンナさんにもし告白したら……たぶん今のアンナさんは断ることも分かります」

「……」


 アンナさんは僕がそう言った後、しばらく黙ったままだった。


「ほら、アンナさんは自分の気持ちを理解していません。僕の最後の発言に迷ってたじゃないですか」

「……」

「自分の気持ちが分かるなら、今すぐに合っているのか間違っているのか、答えられますよね」

「……」


 アンナさんは自分の心がボロボロなのに、全くそのことに気付いていない。


 アンナさんの独り言を僕が盗み聞きしたあの日は自分の気持ちを声に出してくれたのに、今はそのアンナさんが全く見えない。


 もし過去の話をしている時のアンナさんが自分の心を覗いたなら、心を覗けるという能力を持ったことの後悔で一杯だっただろう。


 アンナさんはその能力さえなければ村で何事もなく暮らせたはずだ。

 アンナさんはその能力さえ隠し通せば村で何事もなく暮らせたはずだ。

 アンナさんはその能力さえ使わなければ村で何事もなく暮らせたはずだ。


 だから、アンナさんの心にはずっとそのことへの後悔が今も残っている。



 そしてそんな過去に囚われているアンナさんの心が、僕はどうしようもなく悔しい。


「……アンナさんは臆病ですよね」

「……はい?」

「僕も人のことは言えませんが、アンナさんよりはマシです」

「どういうことですか」

「僕はアンナさんに心を読まれるくらいもうどうでも良いと思ってますけど、アンナさんは毎回僕の心を覗く時、聞いてくるじゃないですか」

「それはルイ様に悪いと思って」

「僕の心を覗いても言わなければバレないのに、なんでそれをしないんですか?」

「ルイ様にはしたくありません」

「アンナさんは僕に悪いと思うから無断で心を覗かないんじゃないですよ」

「?」

「勝手に覗いた時に、アンナさんが見たくなかったことを見てしまうのが怖くて覗けない、ただ臆病なだけです」

「……」

「僕はもうアンナさんの過去を聞いて決めました。アンナさんには普通に秘密も隠し事も嘘も付いて、それでアンナさんに心を覗かれてバレた時は、謝ったり喧嘩したりして、そして最後には仲直りします。だからアンナさんはどうぞ僕の心をいつでも覗いてください」

「……」


 僕はアンナさんが凄いという証明をしたかったのに、いつの間にかアンナさんは臆病だの怖がりだの酷い事を言って、最後にはアンナさんを煽っていた。


「もし僕がアンナさんの能力を持っていたらどうするか話しますね」

「……」

「まずアンナさんに好かれるにはどうすれば良いか考えます」

「……」

「そしてアンナさんにいくつも質問して、アンナさん好みの男になろうと努力します」

「……」

「アンナさんには能力のことを一切話さず、一生アンナさんの心を無断で覗き、嫌われないように、好かれるように生きていきます」


 そう僕が話すと、さっきまで何の返事もなかったアンナさんが、体勢を変え顔を上に向けると、僕の目を見て話す。


「……無理ですよ」

「どうしてですか?」

「ルイ様にはそんなこと出来ません」

「なんでそんなこと分かるんですか?」

「私はルイ様のことをルイ様よりも分かってますから」

「それは心を覗く能力があるからですか?」

「そんなもの無くても分かります」

「分かりました。アンナさんがそう言うなら僕はそうなんでしょうね」

「?」

「僕も同じ理由でアンナさんのことはアンナさんよりも分かってますから」

「……」

「……」

「……ふふっ、これって何の話でしたっけ?」

「僕はもう途中から何をアンナさんへ言いたいのかも忘れてました」


 やっとアンナさんが僕の方を向いて、笑ってくれた。


「初めてルイ様に怒られたかもしれません」

「え、いや、アンナさんを怒ったつもりはなくて」

「顔が少し怖かったです」

「え、ごめんなさい。僕は本当にアンナさんを怒る気はなくて……」


 そしてその後はアンナさんがこれまでの話の中で気になったことを聞いてくる。


「私、ルイ様の告白を断るんですね」

「……たぶん僕は断られると思いますよ。もっとアンナさんが自分に自信を持ってからじゃないと」

「私、どうすれば自信を持てますかね?」

「アンナさんが今のままでも十分僕にとってなくてはならない存在だと気付いてくれれば良いんですけど、それよりも戦闘が上手くなるか、学園都市で何か魔法を使えるようになる方が、アンナさんが自信をつけるには早いかもしれないです」

「じゃあ私学園都市で頑張ります」

「僕も自分に自信はありませんし、2人で自信をつけましょう」

「そうですね」


 そして何となく良い感じで会話が終わった雰囲気だが、僕はまだアンナさんに聞きたいことがあった。


「アンナさん」

「はい?」

「またアンナさんの過去の話になるんですけど、聞いても良いですか?」

「良いですよ。何が聞きたいですか?」

「あの……」


 僕は恥ずかしい気持ちを堪えてアンナさんへ聞く。


「その、オルド君とは、どうなったのかなって」

「あ、気になりますか?」

「……はい」

「秘密です」

「……分かり、ました」

「嘘ですよ! そんなに落ち込んだ顔しないでください」


 アンナさんは僕の太ももの上から僕の顔を覗いてくるため、恥ずかしい時に癖で下を向く僕の表情が全て筒抜けだ。


「オルドの告白は断りました」

「そう、だったんですね」

「そしたら数カ月後には私よりももっと歳上のお姉さんとくっついていました」

「そう、ですか」


 オルド君はそれでもずっとアンナさんを好きな気持ちは、アンナさんが村を出て行くまであったらしい。

 アンナさんも純粋にその事自体は嬉しかったが、既に他の女性と付き合っているオルド君を避けていたというのと、ある時からオルド君がアンナさんを無遠慮に性的な怖い目で見始めて、それもあって村を逃げ出したんだとか。


「元々私は好きな人って居なかったのだと思います」

「じゃあ最初に言ってたアンナさんの初恋って誰なんですか?」

「もちろんルイ様ですよ。私にルイ様と出会う前に好きになった人は居ません」

「そ、そうですか」

「嬉しいですか?」

「は、い、いいえ!」

「あ、嘘ですね」

「はい、あっ」

「ルイ様は無理して嘘を付いて、普通を演じなくて良いですよ。私はこれからも心を覗く時は一言声をかけますし」

「本当に何も言わず見てくれて良いですよ? 僕がこれからもたまに嘘とか隠し事をしますから。怪しいと思ったらアンナさんは見てください」

「いえ、ルイ様はいつものルイ様で居てください。ルイ様の言うように、私自身がルイ様の心を勝手に覗くのが怖いのだと思います。なので私に自信がつくまでは、このままでお願いします」

「そうですか、分かりました」


 アンナさんの過去の話を聞けて、アンナさんの心の脆さも知れて、僕とアンナさんはお互いに少し距離が近づいたように感じた。




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