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第19話 読書の雨

「あの、本当にここであってますか?」

「はい。ドレール様からこちらだと伺っております」


 朝は結局アンナさんが終わりと言うまで心を覗かれ、その後一緒に宿を出てここに来たのだが、この学園都市に来て初めてこんなにもボロボロの建物を見た。


「ここでご飯を食べるんですよね」

「魔法を教えていただける場所ということで、料理店でもあるこちらで朝ご飯も一緒にと思いましたが、ルイ様が嫌であれば他の場所に……」


 アンナさんとこのボロボロのお店の前で話していると、お店の中からボサボサの髪をした男の人が出てきた。


「え、お客さん!? 入って入って!」

「ルイ様どうされますか?」

「ここまで来たら、食べさせてもらいましょう」


 お店の中には料理店ではあり得ない大量の本が積み上げられている。


「ここで本当にご飯を食べるんですよね」

「そうだと思われます」


 奥からは今料理を作っているのであろう油の弾ける音が聞こえてくるが、まだ僕達は注文した覚えがない。


 アンナさんは料理よりも本が気になるのか、近くに積み上げられていた本の中から1冊手に取り、その中身を確かめている。


 それを見た僕も今更料理について考える必要はないと思い、床に落ちていた1冊の本を手に取った。

 その本の題名は『――の解放』となっており、掠れて前の文字は読めないが、中は文字が潰れていたり掠れていることはなさそうだ。



――魔力とは生物に宿る無限の可能性であり、その有無によって生命の価値を決めると言っても過言ではない。

――魔力を持たぬものは決して魔力を有するものに何一つ叶うことはない。

――この世は魔力を持たず生きる事など出来ないのだ。



 なんかこの本滅茶苦茶思想強いんですけど。


 魔力を持っていないのが動物で、持っているのがモンスターだというのは知っている。

 で、稀に大きな動物が小さなモンスターを食べるという話も聞いたし、この本が言ってる魔力が一番大事っていうのは疑問に思う。

 それに魔力のない動物も生きてるし、魔力無しの人も結構居るのに、――魔力を持たず生きる事など出来ないのだ――とか普通に嘘を言っているのがもう怪しい。



――故に皆、その身に魔力を宿すことを渇望する。

――君も魔力を持つ選ばれた者の一人なのだろう。

――本書を見つけた君は安心して良い、読み終わる頃には立派な初心者魔法使いだ。



 これだけ言ってこの本読み終わっても初心者魔法使いなのか!

 いやいや、もしかしたら僕はまんまとこの本の著者に乗せられているのかもしれない。もう既にこの本によって感情が動かされまくっている。



――では早速君に魔法というものがどういったものかしっかりと教えてあげよう。まず初めに……




「ふぅ、読み終わった」


 この本の内容は至ってシンプルで、魔力を持つものと持たないもの、魔法の使い方、属性の話など魔法初心者のための内容ばかりだった。


 途中で何度も――自分はこのような低級魔法何十年も使っていない――とか、――初心者の君には必要な知識だろう――とか言ってくるのは凄くムカついた。

 僕が読んでるのに、まるで耳元でこの著者に言われている気がして、本当に気分は悪かったけど、それを我慢する価値がこの本にはあった。


「分っっっっかりやすいのかよ!!!」

「……」

「あっ……」

「……」


 隣ではまだアンナさんが集中して本を読んでいるため、僕は叫んでしまったことを後悔した。

 が、チラッと横を見ると、僕の叫び声など聞こえていないかのように、アンナさんは本に意識を飲み込まれたかのように読み続けているため、少しだけ安心した。


 そして、僕はこの本に載っていたことを今すぐこの場で試してみたい気持ちもあるけど、お店の中でするようなことではないから、どうしようかと悩む。


「あれ、まだ料理が来てない?」

「……」


 そういえば僕はそこそこ分厚い本を最後まで読んだはずなのに、アンナさんはまだ本を開いて真剣な表情をしているし、奥からは何かを焼いている音がする。


 訳が分からないが、まだ時間があるなら僕はもう1冊本を読もうと思いお店全体を見渡すと、気になる本を見つけた。


「ええっと、『剣士と猛獣』って、なんだ?」


 もしかしたらさっきとは違って、剣士の物語なのかもしれないと思い軽い気持ちでその本を開けると、そこには獣系モンスターの成り立ちから猛獣の種類、そして暴走した猛獣の倒し方まで丁寧に書かれていた。


 最初はこの本を閉じて他の本を読もうかとも思ったけど、自分の意志に反して体はどんどんと読み進めていき、結局最後まで読み切った頃には丁度料理を持ったボサボサ頭の男の人がこっちへ向かって来ていた。


「はい、どうぞ!」

「ありがとうございます。……あの、このサンドイッチの中身って何ですか?」

「甘辛い味付けのお肉だよ」

「お肉っていうのは、何の?」

「……さぁ?」

「……」

「大丈夫大丈夫! 管理はしっかりしてるし、今までお腹壊したお客さんはいないから!」


 そう言われて不安になるが、ずっと静かなアンナさんへ意見を求めたくて見てみても、まだ本を読み続けている。


「にしてもお客さん凄いね。もう読み切ったのかい」

「あ、勝手に読んでしまったんですけど、大丈夫でしたか?」

「そのために置いてるからね。ささ、料理を熱いうちに食べられるお客さんなんて殆どいないんだから、食べて食べて!」


 アンナさんがまだ本を読んでいるため待とうと思っていたけど、ここまで真剣な表情で僕達の会話すら聞こえていないなら、男の人にも勧められたので先に食べることにする。


「いただきます」

「うんうん、どう?」

「……美味しいですね」

「でしょ!」

「何の肉を食べているのかが気になりますけど、味は本当に美味しいです」

「良かったぁ。久しぶりのお客さんでちょっと不安だったから」

「あの、なんでこんなにお店の中に本が? 料理は美味しいですし、片付けたらもっとお客さんが来ると思いますけど」

「嬉しいこと言ってくれるねぇ。でもうちはそもそも料理がメインじゃないから」

「え?」


 アンナさんからは魔法を教えてくれる料理店だと聞いているけど。


「魔法を教えてくれる料理店じゃないんですか?」

「料理は後から仕方なく始めただけで、メニューもこのサンドイッチだけさ。元々ここは平民のための魔法の学び舎だったんだ」

「だった?」

「今はもう学園が出来て、ここに誰も学びには来ないけどね」

「そうだったんですね」

「学園が出来てから魔法を教えるには資格が必要になってね。資格を取るには学園を卒業しないといけないって、もうそれは実質学園の関係者以外魔法を教えるなってことだから」


 この男の人、ソーさん以外にも元々魔法を教えてた人達は子ども達のことを思って教えてただけで、学園が出来て皆が通えるようになるなら教える必要はないなと、一度皆教えるのは辞めたらしい。


 ただ、いざ学園が始まってみれば、数年経つと通えるのは貴族と一部の優秀な平民のみになった。

 それならまた魔法を使える大人達で子ども達に教えようとしたのだが、色々な場所から貴族の子ども達が集まってきているこの学園都市で、平民の子どもなんかに危険なことを教えるなと学園から圧力がかけられたらしい。


 そして魔法が得意な元冒険者や元教師達は、学園に見つからないように隠れて教える人が数人残ったくらいで、後は皆学園の言う通り子ども達に魔法を教えることはなくなった。


「だからここも料理屋に本が置いてあるから勝手にお客さんが読むだけで、サンドイッチしか出てこないお店っていうことになってるんだよ」

「なるほど、でもそれならもっと魔法を学びたい人はここに来るんじゃないですか?」

「最初はそうだったんだよ。でも、この街出身の平民が魔法を使う時は、必ずどこで習ったか聞かれるようになってね。回復魔法や結界魔法のような攻撃性のない魔法以外、学園に通っていない者が使用した事が確認された場合は罰則の対象になる。だから他所から来た人しか魔法は学べなかったんだ」

「あれ、また過去形?」

「学園を卒業した生徒が平民に魔法を教え出してね。しかも全然大した魔法を教えてないのにお金はいっぱい取って……でも学園を卒業したその人からしかこの街の平民は魔法を学べないから、結局皆お金を払って学ぶんだよ」


 そして他所から来た人達も殆どこの料理店ではなく、学園の卒業生がやっている有名な場所で学ぶようで、今は全く人気が無い本が積んであるボロい料理店になったということらしい。


「でも我ながら自分の魔法の才能には感心するなぁ。ちゃんと学びたかった魔法は覚えられたでしょ?」

「あ、はい。たぶん基礎的な魔法は覚えられた気がします」

「君が読んだのは……え? 『剣士と猛獣』?」

「あ、それは2冊目です」

「に、2冊も読んだの!?」


 詳しく聞いてみると、このお店には特殊な魔法がかけられているらしく、お客さんの望む本を無意識に手に取ってもらえる仕組みらしい。


 魔法の基礎や初心者用の本は椅子の近くに積み上げていて、それ以外のもっと専門的な本や魔法と関係ない本は遠くに置いているのだそう。

『剣士と猛獣』は魔法とあまり関係ない本の1つで、何故これが僕に選ばれたのかは僕もソーさんも分かっていない。

 もしかしたら僕には獣好きな一面があった?


「まぁいいや。まだお仲間の女性は読んでるみたいだし、君も気になる本があったら読むと良いよ」

「ありがとうございます」

「それだけ早く読めるなら、オススメの本をここに置いておくね。もう気付いているかもしれないけど、ここは読み始めたら止まらない仕掛けもしてあるから、読むなら早めにね」

「はい」


 目の前に置かれたのはあまりにも分厚過ぎる、もう本と言って良いのかわからない、何週間もかけて読むようなものだった。


 そして僕は少し悩んだものの、悩むくらいならオススメされた本を読んでしまえと、勢いのままその1冊を自らの手で開けたのだった。




「ル、ルイ様?」

「……はい」

「大丈夫ですか?」

「……」

「お水を飲んで下さい」

「……うっ……ぷはぁ、ありがとうございます」


 外を見てみると昨日街へ来たときと同じような暗さで、もう夕方が終わろうとしていた。


「冗談で勧めたんだけど、まさか読むと思わなかったよ」

「じょ、冗談だったんですか!?」

「え、いや、……ごめんね」

「もしルイ様が本を読む才能を持っていなければ、1週間はここに残ることになりましたよ」

「本当にごめんね。最悪お店にかけてある魔法を一度解けば良いんだけど、まさか本当に今日読み切るとはね」


 その人が望む本を読ませてくれる魔法はありがたいけど、本を読み切るまで他のことを何もさせてくれないのはどうかと思う。

 この本を読んだ今は催眠と状態異常と拘束系の魔法が掛けられていたことを理解できているけど。


「ルイ様、もう今日は休みましょう」

「そう、ですね。ご馳走様でした」


 酷く疲れ切った僕はもうその後の記憶は曖昧で、最後にベッドへ寝転がった次の瞬間には朝を迎えていたのだった。




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