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第20話 成長の兆し

「おはようございます」

「……おはようございます」

「体は大丈夫ですか?」

「はい、何ともないですね」


 眠りから覚めた僕はいつものごとくその2つの濃紫の瞳から視線を浴びせられ、朝の日差しより視線に肌を焼かれているのではと感じる。


「それは良かったです。では日課の抱擁を」

「……はい」

「ルイ様の心を覗いても?」

「……はい」


 今の僕の心を覗いても何も面白くないと思うのだけど、アンナさんはそれでも終わった頃には満足そうな笑みを浮かべていた。


「ありがとうございました。今日は雨も降っておりませんので、早速依頼を受けましょう」

「僕も、その、ありがとうございました」


 昨日と比べて少ない時間だった日課の抱擁に僕は少しだけ物足りなさを感じていて、もしかしたらアンナさんは僕がそう思っていることに対して嬉しそうにしていたのかもしれない。




「ルイ様、ここの動物を相手にするのは初めてですし、慎重に戦いましょうね」

「そうですね。まずは魔法なしで戦います」


 草原ウルフより強い相手でなければいいが、そもそも草原ウルフを倒した時は自分の実力以上の力が出ていた気がするし、もう少し弱いモンスターだとありがたい。


「草原ウルフです!」


 アンナさんの言葉を聞いて心の中でため息をついたが、一応僕の中ではギリギリ相手として現れてほしかったモンスターの枠内には入っている。


「僕が倒します」

「私は耐えることに集中しますね」


 5体の草原ウルフがこちらを睨みつけており、どう僕達に襲いかかろうか考えているのだろう。


『アオォォォォォォォォン』


 草原ウルフの1体が遠吠えをすると、それが開戦の合図となる。


 硬くゴワゴワした毛に身を包んだ灰色の狼の1体がこちらに走ってきたかと思うと、様子見だというように前脚の尖った爪で、僕の体に線を刻もうとしてくる。

 ただこちらは最初から命を奪うつもりだ。一度戦ったことがあるため、相手の動きもある程度頭の中に入っている。

 経験とセンス、覚悟の差がその狼と僕にはあった。


「しっっ!!」

『キャゥ!!』


 僕に伸ばしてきたその前脚の付け根に短剣の刃を沿わせ、その勢いのまま相手のガラ空きになっている腹部へと突き刺す。


『ガウゥゥゥ!!』『ギャウゥゥゥ!!』


 両手で腹部に深く突き刺した短剣を引き抜くと、その血濡れた灰色はドサッと音を立てて地面に叩きつけられる。

 そして僕はそいつの生死の確認をする間もなく、眼前から迫りくる2体の新たな灰色を亡骸に変えようと血濡れた刃を右手に持ち直す。


 (集中しろ)


 自分にそう喝を入れ直す。

 僕の後ろに居るアンナさんへ、たった1体でも向かわせるわけにはいかない。


 以前自分1人で草原ウルフを相手した時は、僕の思考など手放して自分の才能に全てを任せた。

 まるでいつもの僕がアンナさんへそうするように。

 相手の動きを見ることなく、勝手に動く体に身を任せ、自分で倒した事実にどうしようもない無力感を味わっていたあの時は、全てをアンナさん任せにするいつもの僕だった。


 だが今の僕は全くあの時とは違うと、自信を持って言える。

 今も向かってくる2体の灰色をこの双眸に捕らえると、頭の中でどう倒すかをシュミレーションする。


「ル、ルイ様?」


 後ろから僕の名前を呼ぶアンナさんの困惑したような声が聞こえたが、緊急性のなさそうなものなのでこのまま敵を排除することだけに集中する。


 2体同時に相手をするというのは現実的でないと自分でも思うが、流石この辺りでは獲物を狩る立場であろう草原ウルフ様。仲間との絶妙な距離感を保ち、どちらか一方を先に相手すれば、もう1体に横から襲われてしまいそうだ。

 噛み付かれなければ防具のおかげで大した怪我にはならないだろうが、ここは勇気を出して同時に処理することを決める。


『ガウウウウゥゥゥ!!!』

『ガアアアウゥゥゥ!!!』


 仲間を1体失った今、僕に様子見をするような態度はそこになく、間違いなく僕の命を喰らおうとしていた。


 ただ、その暴力的で、狂気的で、感情に身を任せた動きは僕としては本当に助かった。


 どちらか1体でも前脚で攻撃しようとしていたなら。

 どちらか1体でも一撃で倒そうとするのではなく、たとえ僕に体を傷付けられたとしても突進や足を狙うことで体勢を崩そうとしたなら。

 もっと僕は苦戦していただろう。


 その鋭い牙と顎で僕の頭に噛み付こうと、よだれを撒き散らしながら大きく口を開けて跳びついてきた2体を、僕は深く屈むことで回避する。

 そしてこのまま回避するだけではこの2体がアンナさんの方へ行く可能性も出てくるが、僕がそんなことをさせるわけはない。


 空中で僕に弱点を晒している2体の灰色の首元に、僕はもう二度と繋がることはないであろう深い線を刻み込んだ。


『……』『……』


 この2体から声は出ない、出るのは黒く濁った赤だけ。


「どうする?」

『ガウッ』『ガウウゥゥゥ』


 残った1体は真っ先に、もう1体は何かを堪えるようにして、ここから去っていった。


「ルイ様! お怪我はありませんか?」

「はい。なんだか少しだけ成長したみたいです」


 アンナさんの前では少しだけって言ったけど、心の中では大大大成長だと思っている。

 これまで何をするにも自分の力ではないような、どこか借り物のような、そんな気持ちがあった。

 記憶がない上にこの性格も相まって、僕は自分の力を心から信用できていなかった。


 でもたった3体、僕はたった3体の草原ウルフを自らの手で、己の頭を使って倒せたことで、自分の中の何かが開けたような気がした。


「この3体の草原ウルフはどうします? 解体のおじさんは牙と爪、その次が毛皮、その次が体ごと冒険者ギルドに持ってきたら良いって前教えてもらいましたけど」

「ルイ様が最初に倒された草原ウルフは毛皮に血が付いていますし、毛皮は後の2体だけにしましょう」


 ということで爪と牙は3体から、毛皮は2体の草原ウルフから剥ぎ取ることにする。


「ルイ様、本当にお強いです」

「ありがとうございます。今回は自分で頑張れた気がして、本当に嬉しいです」

「ルイ様はいつもご自身の力で頑張っておられますよ」

「……ありがとうございます」


 嬉しい。

 アンナさんに褒められるのが本当に嬉しい。


「あの、次は魔法を使ってみたいです」

「かしこまりました。しかしルイ様が魔法の使い過ぎによって戦うことができなくなれば、私はどうすることも出来ませんので、無理はなさらないで下さい」

「はい。気を付けます」


 魔力は人によって容量が違う。

 そしてその容量を無視して無理やり引き出そうとすれば、体が上手く動かなくなるらしい。

 魔力が無くなって死ぬことはないと本に書いてあったが、魔力が無くなる時はほぼ死ぬ状況であるともあった。

 だから魔力を使い切るべきではないのは分かっている。


「でも、自分の魔力の容量が分からないです」


 容量を確かめる方法は色々あるが、実際に魔法を撃って気分が悪くなってくれば、それが限界値なのだとか。


「ルイ様には才能がありますから、一度の魔法発動で限界ということは無いでしょう」

「そうであってほしいですね」

「……私にも魔力があってほしいです」


 アンナさんはソーさんのお店で治癒魔法を読んだらしく、今も頭には治癒魔法の知識が入っているが、なかなかそれを使う場面は来ない。

 アンナさんの出番が来るということは、誰かが怪我をしているということなので、出来るだけ来て欲しくない気持ちと、試したいという気持ちがアンナさんにはあるのだろう。


「これを剥ぎ取ったらもう少し狩りに行きますか」

「そうですね。そうしましょう」


 生きている時はあれだけ気を付けていた草原ウルフの口の中に手を入れ、不用心に牙を掴み刃を入れて抜き取る。

 また、毛皮の剥ぎ取りもなるべく血が毛皮につかないよう注意しながら、狼の体勢をこちらで変えて剥ぎ取った。


「解体のおじさんが持って来るのは爪と牙だけになるって言ってた意味が分かりました」

「私はルイ様がいなければ毛皮を剥ぐことは出来なかったと思います」


 草原ウルフの毛皮の納品依頼であれば良いが、そうでないのなら毛皮まで剥ぎ取りはしないほうが良さそうだ。

 そしてこれは他の生物の剥ぎ取りにも言えるのだろう。


「少し休憩したらまたモンスターを探しつつ、魔力草を取りに行きますよ」

「はい」


 僕達が今日ここへ来る前に冒険者ギルドで受けたのは魔力草10本の納品依頼。

 この学園都市では魔力草が常に求められていて、依頼の納品数はほぼ関係なく、あればあるだけ持ってきてほしいとのこと。


「僕はもう休憩出来ました」

「では、行きましょう」

「アンナさんは次モンスターを見つけたらどうしますか?」

「私も少し戦いたいですね」

「じゃあどんなモンスターを見つけるか、襲ってくるか分からないですけど、1体残しでいこうと思います」

「ありがとうございます」


 こうして僕とアンナさんは、魔力草がよく生えていると言われる森の中へと、慎重に向かうのだった。




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