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第37話 夏の打ち上げ花火

 サマー国に夏を取り戻した、その日の夜。

 ナツはこの日、国の様子を確かめるために国内を巡っていて、城へ帰ってきた時には夜になっていた。

 元から体は頑丈そうだが、数時間前まで瀕死の状態であったとは思えない。ナツは完全に復活したと言える。

 シルクはナツを助けるために夜通し奔走していたので、昼から夜までは城で睡眠を取っていた。


「シルク様、おはようございます~!! あっ、今は夜でしたね!」


 突然の明るい挨拶で起こされたシルクは、何が起きたのかとベッドから身を起こす。


「あ、チェリーさん、おはよう……もう朝? あれ? 夜?」

「やだぁ、シルク様ったら! 私の名前はチェリーではなくベリーですよぉ!」

「……あ、ごめんなさい、ベリーさん」


 もう、チェリーとベリーの名前を統一してほしい。という無茶なクレームを言いたくなるシルクであった。

 ベリーのテンションがいつも以上に高いのも無理はない。今日はサマー国にとって記念すべき日なのだから。

 寝起きのシルクに向かって容赦なくベリーは顔を近付けてくる。


「シルク様、ありがとうございます! ナツ様とサマー国をお救い下さって! やはり女神様はナツ様の運命の人なのですね!」

「運命……」


 シルクにとってナツは運命の人なのだろうか。前世で愛した神とはナツなのか、その答えはまだ分からない。

 シルクはベッドから下りると、窓を開けてバルコニーへと出る。涼しい風が目覚めの火照りを冷まして心地よい。

 手すりの前に立って下を見ると海水はない。夜になっても異常な満ち潮は起きていない。


(良かった……夢じゃなかった)


 サマー国は確かに救われた。ほっとした気持ちで顔を正面に向けると、目の前には月明かりに照らされた聖海が一望できる。

 朝焼けの赤も、晴天の青も、月夜の闇も。穏やかな波も、荒れ狂う波も。時間の経過で様々な色と表情を見せる聖海は、まさに感情豊かなナツの化身。

 その時、冷えかけた体がふわっとした温もりに包まれた。振り向かなくてもシルクは分かる。


「そんな格好じゃ、さすがに冷えるだろうがよ」


 肩を出したキャミソール姿のシルクを、ナツは背中から抱いて温める。


「シルク、ありがとな。国を見て回ったが、もう大丈夫だ。国民は喜んでいたぞ」

「良かった。……聖樹の花びらと、ナツくんの力だよ」


 嬉しいはずなのにシルクは素直に喜べない。ナツを助けて国が救われたという事は、もう長くはサマー国にいられない。

 それでもナツは、今もシルクとの幸せな未来を夢見ている。


「シルク。明日は夏祭りに行くぞ」

「明日? 明日も夏祭りやってるの?」

「やってるぞ。毎月7日間連続でな」


 という事は、高頻度で夏祭りを開催している事になる。ナツと同じくお祭り騒ぎが大好きな国民性なのだろう。


「でもナツくん、休まなくて平気なの?」

「だから遊ぶんだろーが」

「ふふ、そうね」


 ナツの事は素直に好きだと思える。この温もりから離れたくなくて体が動かない。それは心を動かされている証拠でもある。

 だが、シルクには使命という名の目的がある。全ての国を救うために、次の国へと行かなくてはならない。

 それ以前に、ハルとの約束がある。まずは早くスプリング国に戻らなくてはならない。

 それでも明日だけは……ナツとの約束を守るために、ナツとの時間を過ごすために、女神の使命から逃れようと思った。





 次の日、真夏日の快晴の空の下。

 先日と同じく、浴衣姿となった二人はクルーザーに乗って夏祭りの開催地へと向かう。

 聖海の波も風も穏やかで、遠くの海上に浮かぶ漁船が見える。

 今回は何事もなく目的地の港へと辿り着く。時刻は昼前、日差しの暑さよりも空腹が気になってきた。


「ほら、行くぞシルク。まずはメシだ!」


 ナツに手首を掴まれて先導される。そのうち自然と二人は手を繋いでいた。

 港から出るとすぐに祭りの開催地に繋がっていて、道の両側には様々な屋台が並んでいる。

 祭りの参加者たちも色とりどりの浴衣姿で、道の真ん中を堂々と歩くナツと明るい挨拶を交わしていく。


「ナツ様、こんにちは!」

「おう!」

「ナツ様、今日はデートですか? お熱いですね~真夏日で!」

「おうよ、その通り! お前、上手いこと言うな!」


 ナツが夏祭りに訪れるのは恒例のようで、ほとんどの人々と面識があって気軽に接している。

 ピンクの紫陽花が咲き誇る赤い浴衣の女神と、シンプルな赤紫の浴衣の夏の神。

 ずっとナツと手を繋いで歩いているシルクは、周囲の目に照れてしまってどう反応していいか分からない。


「よし、たこ焼き食うぞ! シルクは何食いたい?」

「なんでもいい」


 シルクには食べ物の好き嫌いがない。感情を半分ほど取り戻した今でも、そこは変わらずであった。

 ナツが屋台でたこ焼きを買ってくると、それを両手で持って嬉しそうな笑顔でシルクの元へと戻ってくる。まるで少年のようだ。

 神なのに、お金を払って購入して……国民と変わらない立ち位置が親しみを感じて、ナツは誰にでも好感を持たれる。


「シルク、口を開けろ」

「え?」


 シルクが少し口を開いたところに、ナツは爪楊枝で刺した『たこ焼き』を1個、シルクの口の中へと押し込む。


「は、あ、あつ、い……」

「あははは!! 美味いだろ?」


 その後もナツは屋台の焼きそば、焼きとうもろこし、フランクフルトと食べ続けて、デザートとして綿あめとチョコバナナにも手を出す。

 その都度、シルクの口にも強引に入れられて、結局は二人で食べ切った形になった。

 それから射的や輪投げなどのゲーム系で遊んでいると、あっという間に日が落ちる。


「暗くなってきたな。よし、あそこに行くぞ!」

「あそこって?」


 ナツはシルクの手を引いて先導して歩く。最初から今日のプランを考えていたのだろうか。

 次々とシルクに未知の景色を見せながらリードして歩くナツは頼もしい。マイペースで少し頼りないハルとは正反対だと改めて思う。

 夏祭りの会場を出ると一気に人の気配がなくなって寂しさを感じる。そこから少し歩いた先に小高い緑の丘がある。

 ナツの特等席か予約席なのか、そこには二人以外誰もいない。


「ほら、シルクもここに座れ」


 丘の上で堂々とあぐらをかいてナツが座る。シルクはナツの隣に座ろうとしたが、その片腕をナツが掴んで引っ張った。


「そこじゃない、ここに座れよ」

「え? ちょっ……ナツくん?」


 背中を向ける形で、強引にナツの膝の上に座らされてしまった。すかさずナツの逞しい両腕で腰をホールドされて逃げられなくなる。

 シルクの背中はナツの胸板と密着して包まれている。呼吸も体温も鼓動すらも、全てが正直に伝わってしまうのが恥ずかしい。

 シルクが俯いていると、遠くで何かが弾ける音がした。同時に目の前が様々な色に照らされる。


「シルク、空を見ろよ」

「空……?」


 ナツに抱かれたまま顔を上げると、夜空に花咲く無数の火花が目に飛び込む。


「花火……!」

「おうよ。夏の夜は、やっぱり花火だろ」


 絶え間なく夜空を彩る打ち上げ花火。単色もあれば、赤、黄色、緑のグラデーションで広がる花もある。

 その度に、反射した色彩が純白のシルクの髪と瞳を同色に染めていく。


「サマー国の平和を祝う花火だからな」


 花火は一瞬の煌めき。だがナツはシルクに永遠の輝きを求めている。

 夜になるのを待って、ナツがシルクに特別な花火を見せた理由。この場所で二人きりになった理由。

 ……すでに、シルクはそれを察していた。

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