やがて赤一色の花火が連続で打ち上げられる。その色は、まさにナツの色であり愛の炎の象徴。
それが終わると、今度は白一色の花火が打ち上がる。その色は、まさに夜空に咲く純白のシルク。
「真っ白な花火……」
「あぁ、シルクみたいだろ」
純白のシルクが花火の反射で、さらに真っ白に染まった瞬間。シルクを抱いていたナツの腕が緩んだので、シルクは不思議に思って振り返る。
あまりにもナツが真剣な眼差しを向けていたので、シルクは体を反転させて座り直す。ナツの膝の上に座ったまま向かい合う形になった。
「オレはシルクを愛している」
唐突なナツの愛の告白。だがそれは冗談でもキャラでもない。ナツの目を見れば分かる。ナツが何を言おうとしているのか。
(ナツくん、だめ……言わないで)
シルクはそう思いながらも、この鼓動もナツの想いも止められない事を分かっている。
「これからもずっと、サマー国でオレと一緒に暮らそう」
(だめなの、それは、できない……)
シルクには使命がある。ハルという婚約者もいる。愛をもらっても返せない。次々と重ねられていく罪悪感で心が押し潰されそうになる。
それなのに、ナツを愛しいと思う心の矛盾が邪魔をする。もう、どうしたらいいのか分からない。
愛は……止められない。
「シルク。オレと結婚してくれ」
それは、シルクにとって禁断の求婚。受け取る事も拒む事もできない、悪魔の言葉。
こうなる事は分かっていたのに、どうしてここに来てしまったのだろうか。どうしてナツに言わせてしまったのか。
『一人の神だけを愛してはいけない。世界を救うために博愛を貫くこと』
そんな女神の戒めの言葉が、今もこのタイミングでシルクの意識の中で再生される。
博愛のハードルを上げてしまったのはシルク自身。最初にハルとキスをしたのなら、婚約をしたのなら。ナツにも同等の愛を注がなくてはならない。
最初の時点で誤った選択をしたのかもしれない。今のシルクに残された答えは、1つしかないのだから。
女神であるシルクには、世界を救うために博愛を貫く道しかない。
「……はい」
シルクは卑怯だと分かっていても、この瞬間だけは無感情の女神に戻る。心を無にしてナツの愛に応える。
それなのに、ナツは大げさなほどの喜びを表す。今日一番の笑顔でシルクを抱きしめる。
「ありがとな、シルク……最高だ。最高に嬉しいぞ」
「あ、でも……少し時間がほしいの」
「あぁ、いいぞ。いくらでも待ってやる」
短気なはずのナツが、待つ事すらも簡単に受け入れる。これはシルクの『逃げ』でしかないのに。ナツの優しさが余計にシルクの胸を痛める。
だが当然、ナツは口約束だけで済ます気はない。膝の上のシルクを先に立たせると、ナツもその場で立ち上がる。
長身のナツはシルクを見下ろす事なく、すぐに地に片膝を突いて跪いた。
シルクには、この動作に見覚えがある。ハルの時と同じであったから。
「婚約の儀式を行う。シルク、左手を出せ」
シルクは言われるままに、流れるままに左手を差し出そうとするが、手袋をはめた自分の手の甲を見て思い出した。慌ててすぐに左手を引っ込める。
「どうした? 左手を出せ」
「左手はダメ! えっと……右手で!」
シルクは急いで右手の手袋を外すと、手の甲を向けて差し出した。ナツは不思議そうにしてシルクの顔を見上げている。
「なんでだ? 普通は左手だぞ」
「右手がいいの。右手でお願いします……」
「まぁ、いいけどな。どっちでも同じだ」
細かい事は気にしないナツの性格が幸いした。シルクの左手の甲には、ハルとの婚約の証である『桜の紋章』が刻まれているのだから。
ナツの褐色の手が、シルクの白い右手を取る。
「ナツの名のもとに、シルクに愛を誓う。約束の証をここに」
オレンジの目を伏せると、シルクの手の甲を持ち上げてそっと唇で触れる。
ナツの唇に触れられた手の甲から、炎のような熱が燃え広がっていく。火傷するような熱さではなく、一瞬だけピリッとした刺激を感じた。
ナツが唇を離すと、シルクの右手の甲には真っ赤な丸い紋章が描かれている。これが夏の神・ナツとの婚約の証。
「これ……太陽のマーク?」
シルクがその紋章を眺めていると、ナツは満足そうにして太陽の紋章に触れて優しく撫でる。
「そうだ。これでシルクはオレだけの女神だ。幸せにしてやるからな」
「……うん」
シルクには笑顔も感情もない。右手に真っ赤な太陽を、左手にピンクの桜を。両手に刻まれた2つの婚約の証。その愛の重さが、罪の重さに変わる。
今のシルクはハルとナツ、二人と同時に婚約している。果たして、これが本当に博愛と言えるのだろうか。
(ねえ、女神……私は本当に、これでいいの? これが博愛なの?)
シルクは心で前世の自分に問いかけるが、女神は答えない。代わりに聞こえてきたのは、二人目の婚約者となった彼の声。
「ほら、見ろよ、シルク」
二人の婚約を祝福するように、クライマックスを迎えた花火は一層の拍手喝采で夜空に花を咲かせていた。