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27「公爵家の洗礼」

 突如としてラフィが消失した路地には、全身ローブの小柄で怪しい人だけが残っていた。


 「くく……あはははははははははっ!まんまと引っかかりやがった!あの底辺傭兵め!」


 フードを外し全身を包んでいたローブを脱ぎ捨てると、現れたのは金髪の少年ミュカスだった。フリューゲン公爵家三男の彼は机の上にあったはずの鉱石もラフィ同様消失していることを確認する。


 「よしよし、ちゃんと“転移鉱石”が発動された。行き先もあらかじめ僕が指定した通りになってるといいけどまあ大丈夫だろう。何せ僕は数年に一度の逸材なのだから!」


 そう言ってもう一度あはははははと笑ってみせた。


 「ははははは……って!、いてて…。くそ、あの男に殴られた痛みがまだ……」


 大口開けると先日決闘の勝利した特権でラフィにしこたま殴られた時の痛みが走り、顔をしかめてしまう。


 「ぐぐぅ……!だけどいいさ。これであいつは我がフリューゲン公爵家護衛団が待ち構えているところへ転移したはずだ。あとは彼らに任せておけば……くくく」


 小躍りするように動き回りながらそうこぼすミュカスだが、路地からもう一人姿を現し、彼を不安そうに見やる。


 「ミュカス、そのお顔まだ完治してないのだから、あまりはしゃぎすぎないようにね」 

 「はい姉上!ではもう用が済んだことだし、家に帰りましょうか!」


 アンジェリーナに笑いかけるとミュカスは路地を出て、待ち構えていた使用人たちが用意した車に乗るのだった。


 「……さすがのあの男も、フリューゲン公爵家が誇るプロの戦闘集団が相手ではお終いでしょうね。せっかく私がⅭ級の昇級に推薦してあげようとしたのに。愚かね………」


 アンジェリーナは憐れむようにそうこぼし、ミュカスと一緒に屋敷へ帰って行った。




***


―――――――


 「んんー?ここ、は……………どこ??」


 周囲を見回し顔も上に向けてみる。空はかろうじて見えるのだけど。どうやらどこか屋内にとばされてしまったみたいだ。


 「この鉱石が僕をこんなところに飛ばしてくれたのか?」


 右手にはローブの小柄で怪しい人のものと思われる普通の鉱石が握りしめられていて、いくら触って反応は無い。試しにもう一度魔力を熾してみたが、石が少し光るだけで、何も起こらない。


 「こんなので運が僕に舞い込んできてるのか?というかこれって転移鉱石とかいう、有名な商会の市場でしか出回らない希少なやつじゃないのか?

 え、これってさ人の所有物を持ち逃げしたってことになるのかな………」


 自分が今どこにいるのかの把握と、人の貴重品を持ち逃げしたことをどう始末しようかとの板挟みに、頭が上手く回らなくなってしまう。


 「………よし。まずは現在の場所の把握からにしよう。何かどこかの開けた建物の中みたいだけど……すみませーん。ちょっと事故で中に入り込んでしまったんですけどー」


 この建物の持ち主に挨拶というかお詫びを述べて、ここから出してもらう。そんでこの転移鉱石を胡散臭くて怪しい小さな人にさっさと返してあげよう。


 そう思ってここの出口を求めて歩こうとしたその時、向こうから人の気配がいくつも現れて、思わず立ち止まった。


 「ああ…?これがマストール様がおっしゃっていた、例の平民傭兵か。妹君のアンジェリーナ様に小細工弄することなく勝利したと聞いていたが、こんなどこにでもいるひ弱そうな少年ガキがねえ?」


 野太い男の声が聞こえて、振り返ると案の定いかつい感じが全面に出ている男が、僕を睨みつけていた。それから前から後ろからバラバラに同じような男がぞろぞろと僕の前に現れる。数は10から20といったところ。

 前に立つ男は皆、重くて頑丈そうな鎧を着こんでいて、近接武器を手にしている。後方には執事服やローブ姿の男たちが、魔術杖を手に控えている。全員しっかり武装しているのが見て分かる。

 ていうかこの感じ、完全に僕を包囲しにきてね?どう見ても歓迎されてないよねこの感じ……。


 「えーと……ここの警備をされている方々でしょうか?ちょっと事故でここに転移してしまったんですよ。あのー不法侵入とかでしょっ引くのは、勘弁してほしいなー

なんて」


 とりあえず敵意が無いことをアピールしようとなるべく笑顔を見せようとした、その時――


 「“光針ライトランス”」


 執事服の男の一人が杖から光の小さな槍を、こちらに躊躇無く撃ってきた!


 「うお……!」


 咄嗟に後方宙返りを跳んで、光の魔術を躱した。


 「ほう、躱したか。アンジェリーナ様が言っていた通り、侮れない平民傭兵だな」

 「危ないなぁ。それにアンジェリーナって………あんたらは彼女の何なわけ?」


 抗議っぽく尋ねると彼らでいちばん年とってそうな鎧姿のおっさんが答える。


 「我々はフリューゲン公爵家の護衛団。貴様がアンジェリーナ様を甚振り、ミュカス様に怪我を負わせた不届きな平民傭兵であることに間違いないな?」

 「とぼけても無駄だからな!傭兵協会の試験支部の監視カメラにて、お前があのご姉弟に狼藉をおかしていた記録が確認されている。名前もラフィというのだろう?」


 自己紹介の後男たちは、僕が昨日の試験会場であの公爵家姉弟をぶちのめしたことを告げ、敵意の眼差しを次々向けられる。


 「フリューゲン公爵家の………あー、やっぱりそういう展開になってくるのね」


 反則無しの正々堂々な決着をしたものの、僕は私情に駆られるあまり、アンジェリーナだけでなくその弟にも随分な狼藉をはたらいた。

 公爵家の二女は公式の試験と決闘のうえでやったことだから大目に見てもらえそうだけど、三男の方は見逃してはくれなそうだなー。

 これって完全にその報復をしにきてるよね。典型的なお家の私兵による私刑じゃん。


 「あの、いちおう言い訳させてもらうと、二女の方は公正な試験かつ決闘のうえで甚振らざるを得なかったからで。で三男を怪我させたのは、こっちが決闘で勝った場合にそいつを思い切り殴らせてほしいってことになって、実際その通りにしただけなんで。

 だから僕は別に理不尽にあの二人に怪我を負わせたわけじゃ………」


 ローブや執事服の男たちからさっきのような魔力が噴き出て、いつでも魔術を撃てるようにしている。まるで聞く耳もたず。そんな中さっきのおっさんが再び口を開く。


 「我が名はゼラニン。ここにいる誰もがかつて王国騎士団に所属していた、プロの戦闘員をまとめるリーダーだ。部下たちの腕っぷしは皆ほとんどが、傭兵で例えるならアンジェリーナ様と同等かそれ以上のレベルと言っておこうか」


 ゼラニンと名乗ったおっさんは「魔力エンチャント」で武器に魔力を纏わせている。彼以外の近接武器を持つ男たちも、同じようにエンチャントを施して魔力を放つ武器を持っている。


 そんなプロ級戦闘員の集団に囲まれた僕は、さすがにピンチを感じずにはいられなかった。


 「あんたらがどういう了見で僕の前に現れたのか大体は察しがついたけど、あんたらは僕をどうする気?適度に痛めつけたら即解散?公爵家の奴隷にでも落とす?それとも………」


 僕が色々尋ねるとゼラニン以外の護衛団はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。


 「……主からは手段も生死も問わないとのこと。貴様が最終的にどんな身になってようが、主は特に気にされていない。

 つまり、我々の好きにさせてもらうというわけだ」


 ゼラニンは腰の後ろから青龍刀っていうの?それと似た形状の剣を二振り抜刀して構えをとるのだった。



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