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28「護衛団に袋にされる」

 ゼラニンの抜刀を合図に、他の男たちも次々武器を構える。一般的な剣や魔術杖、鉄の手甲、さらには突起した刃が三つある槍、サーキスが使っていたのと似た砲筒など変わった形状の武器も見られる。


 「ちなみに貴様が今どこにいるのかだけ、教えてやろう。ここは我らが主であるフリューゲン公爵家管轄の廃工場だ。廃棄されていると言っても公爵家が保有していることに変わらない」


 つまり僕は今、公爵家の領地内にいるってことか。その廃工場……誰も寄り付かないような場所に……この転移鉱石。そして路地で出会ったローブの怪しい奴……つまりはそういうことか。


 「その転移鉱石にはあらかじめ、魔力を込めた者のみをこの場所に転移させるよう、魔術陣を組み込んでおいた。公爵家に仕える凄腕の魔術師によってな」

 「そうですか。たかが田舎町出身の平民一人に、よくまあここまで凝ったことをしたんだね」

 「何余裕ぶった態度で喋ってんだ?お前は俺たちに包囲され、閉じ込められてんだぜ?」

 「助けを呼んだって無駄だ。人払いの結界を張っておいたうえ、ジャミングの魔術で通話も出来ないようにしてある。後は俺たちに叩き潰されるしかねーんだよ!」


 勝ち誇ったように笑う護衛団に対し、僕はピンチだなーと他人事のように平然と突っ立っていた。


 「貴様……状況が分かってないのか?助けが来ない場所に閉じ込められ、これだけの数のプロ戦闘員に囲まれて、何故動揺しない?」

 「いやさすがにピンチだなーとは思ってるよ?ただ別に死にはしないだろうなと思ってるから、ねえ?」


 両手を広げてやれやれのポーズでそう言ってやる。すると護衛団から笑みが消えて、殺伐とした空気がさらに険しくなった。


 「我々が殺人に踏み込まないとでも思ってるのか?言ったはずだぞ、主からは手段も生死も問わない、と」


 そう言ってゼラニンは手にしている剣をこちらに向ける。直後、傍で控えていた男が二人、剣や槍を手に僕目がけて突進してきた。

 即座に抜刀して剣の攻撃を受け止める。そしてすぐさま槍の突きを、身体を捻って回避した。「魔力エンチャント」補正がかかった剣を、こっちは普通の剣で受け止める。ミシミシとこっちの剣から不穏な音が鳴った。


 「ほう、Ⅾ級に昇級しただけあって、そこそこの身のこなしだな。では、これはどうか」


 そう言ってゼラニンが指を鳴らすと、執事服やローブを羽織った男女が杖を突き出して、火やら風やらの魔術を撃ってきた。「魔力エンチャント」で剣に魔力を流し込み、その剣でこちらにとんでくる火や風を弾いてやった。


 「あの平民傭兵、俺の魔術を弾いただと…!?」

 「あんなことが出来るなんて、本当にⅮ級に上がったばかりの傭兵なの?」


 護衛団からどよめきが上がる。ゼラニンだけは平静さを保ったまま、獲物を狙う猛禽のごとく僕を睨みつけていた。


 「少人数ずつでは速やかにというわけにはいかなそうだ。仕方ない、ここからは最大限の人数でいけ。

 再三言うが、奴の生死は問わない、だがフリューゲン公爵家に立てついたことがどういうことか、存分に思い知らせろ!」


 ゼラニンが指示を出した直後、今度は五人同時にとびかかってきた!剣、槍、手甲、ナイフ、そして魔術が殺意を帯びて襲い掛かる。魔術に至っては味方を避けて、僕目がけて正確にとんできた。


 「くそ……!」


 こうなってくると反撃どころではなくなり、回避ばかりになってしまう……。


 「おらあ!」「次いくぜ!」「休ませるかよ!」「我々から逃げられると思うな!」「いつまで避けられるかな!」


 先の五人の攻撃が終わったかと思ったら、また別の五人による攻撃が始まった。刃物や鈍器による近接攻撃と魔術による遠距離攻撃が、絶妙なタイミングで交互に襲い掛かり、僕をじわじわ甚振っていく。


 「はあ、はあ、はあ………」


 攻撃を躱したり防いだり弾いたりし続けてるうちに、息が上がってきた。脚にも疲労がきてしまっている。回避も雑になっていき、刃や魔術を掠めてしまい、拳が当たったりも。

 そしてついには攻撃を直接くらうはめになり、動きが鈍くなりつつあった。



 「はははははは!俺たちは王都でも名高いフリューゲン公爵家の護衛団だぞ!?大半が四等級や三等級の元王国騎士で、ここにはそんなレベルの戦闘員が十数名もいる!」

 「お前ごとき田舎町出身の下賤な平民傭兵が我々に勝つことはもちろん、この場から逃げきれることすら、万に一つもないんだよ!」


 戦闘員たちは口々に僕を嘲笑いながら、集団でリンチしていく。硬い手甲で顔を殴られ、剣や槍で腕肩足を切られ刺され、魔術で身体に強烈な衝撃と火傷を負わされていく……。


 「うぅ、う………………」


 背中を踏みつけられ、起き上がることすら出来なくなった。全身ボロボロで呼吸するのも苦しいくらいダメージを負わされている。

 一人一人がアンジェリーナと同じかそれ以上のレベルというのは誇張じゃなく本当だった。こいつらならミグ村を襲った盗賊も楽々と壊滅させてただろうな。


 「へっ、たった一人で俺たちに敵うわけないだろ!」

 「いい様ね。田舎の卑しい身分にふさわしい姿だわ」


 戦闘員たちは僕を見下して勝ち誇ってみせる。


 「平民ひとりに……寄ってたかって甚振ってたくせに、えらく力を誇示するんだな………ガキみたい、に………」

 「ああ?何だと!?」

 「一人じゃあ僕に勝てず、徒党を組むことでしか僕を退治出来ないくせ、に………揃いも揃って何を威張ってんだか………」


 短気を起こした戦闘員たちが僕の体をさらにドガドガ蹴りつける。


 「ごほっがはっ……っ一人じゃあ僕に敵わないくせに、数を連れて強い奴ぶるとか、お前ら小物過ぎ。それでよく、公爵家の御庭番みたいなのやれてるよな」

 「まだほざくか!ガキが!!」


 一人が激昂して剣を抜いたその時、こいつらのリーダーであるゼラニンがその手を掴んで止めた。


 「こんな奴の戯言で頭に血を上らせ過ぎだ。それこそ我々の程度が知れてしまうだろが」

 「ぜ、ゼラニンさん……すみません」

 「さて………これだけボロボロに痛めつけてもまだそんな減らず口が叩けるとは、精神力も中々のものだ。あるいは、部下たちの責め苦ではまだ温いと言えるのか――」


 ザシュ! 何の躊躇いも無く、ゼラニンは僕の左腕を切断した。思わず断末魔の叫びを上げてしまう。部下たちも驚きの目で見ていた。


 「我々が忠誠を誓っている偉大なるフリューゲン公爵家に狼藉をはたらき、牙を向けるとどういう報いを受けることになるのか、その身を以て知ることが出来たろう。

 このまま満身創痍の貴様を殺すことは容易いうえ、ご姉弟様にとっても清々することだろう」


 ザクッ今度は右の腿が突き刺された。口から勝手に叫び声が出てしまう。


 「だが今なら、フリューゲン公爵家に立てついたことへの詫びの言葉を聞いてやらんこともないぞ?そしてその後公爵家の奴隷になると誓えば、ここで殺すこともこれ以上の地獄を与えることも勘弁してやろう。

 さあどうする?」


 切断された腕や刺された脚から大量に血が流れており、魔獣デッドエンドに殺されそうになった時のことをよぎる。


 「早く答えを言わねば、今度は足を一本失うことになるぞ」


 ゼラニンは淡々とそんな脅しを投げかける。僕は顔を奴に向けて、力を振り絞ってこう言ってやった。


 「殺せるもんなら、殺してみやがれ。ばぁあ~~~か」


 馬鹿にした笑みでそう言った僕に、ゼラニンは呆れたように鼻を鳴らし――


 ドスッ 背中から心臓を一突きにされたのだった―――




***


フリューゲン公爵邸―――


 「ただいま帰りましたー!兄上ー♪」

 「おお帰って来たか二人とも。奴を上手く、指定の所へ転移させれたか?」

 「はい!ゼラニンのやつに頼まれた通り、我らが公爵家が取り壊さず保有している、武器の生産工場に送ってやりました!」


 談話室でくつろいでいたマストールは、ミュカスの返答に満足そうに頷く。


 「フリューゲン公爵家が誇る護衛団……総勢17名の手練れの戦闘員が相手となれば、あの底辺平民傭兵もさすがに敵うはずがありません。

 あの底辺傭兵、見かけによらず中々の手練れだったけど、僕たちの護衛団と出会ったら最後、いくらあの男でもアレだけの戦力を倒せるわけがない。骨も残らず消されてることでしょう」


 ソファにふんぞり座り、執事に淹れてもらったコーヒー(砂糖多め)を飲みながら、ミュカスはうきうき気分で話す。


 「骨も残らず……確かにあいつらが本気を出せばそうなるだろうな。そうなった場合、ターゲットの平民傭兵はもう殺されてるかもな。

 アンジェリーナを土につけ、ミュカスに怪我を負わせた田舎の平民がどういう面をしていたのかを見る楽しみが無くなりはするものの、王国のゴミが一人消えたと思えばそれも良いか」


そう言ってマストールとミュカスは愉快そうに談笑していた。ただアンジェリーナだけは浮かない表情でミュカスと同じ甘めのコーヒーを啜っていた。


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