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29「ラフィの反撃」

 「どうしたアンジェリーナ、浮かない顔をしているな?何か気がかりなことでもあるのか?」

 「あ……いえ。ただあの平民傭兵…ラフィの力について、どうしても気になることがありまして………」

 「奴の力だと?」

 「あの男、昨日の私との決闘で『魔力エンチャント』を使用したのですが、その時彼は魔力を生身に纏わせていたのです」

 「何……?武器や防具にではなく、生身に直接魔力を流し込んだというのか?」


 マストールが訝しげにそう聞き返した。彼が困惑するのも無理はない。魔力は言わば自然現象…火や熱を持った光のようなもの。そんなものを生身に直接流し込もうなら、火傷などの怪我を負ってしまう。


 (魔力を付与させるのは扱う武器か身に着けている防具かに限る。生身の素肌に魔力を纏わせることが出来るのは、硬く丈夫な皮膚を持つあるいはそういった鱗に覆われている魔物か魔獣くらいだ。

 ただ昔この王国の騎士に、そのようなことをやってみせた奴がいたと聞いたことがあるな。まさか、アンジェリーナを下した平民傭兵が、その昔の騎士と同じようなことやってのけただと?)


 そこまで考え込んだところで、マストールは「はっ」と鼻で笑った。


 「馬鹿馬鹿しい!ただそいつの魔力がそこまで強いものではなかったという話だろう?魔力が強いほどその熱量も比例して大きくなるものだからな。その平民傭兵が保有している魔力は火傷にならない程度の弱いものだからだったんだろう」

 「なるほどー。さすがは兄上、僕には考えつかないことをすらすらとー!」

 「ははは、何たって俺は王国騎士団副団長だからな。戦闘はもちろん知能も王国でずば抜けて―――」


 そうやって兄弟そろって談笑していた、その時―――


 ドガァアアン!!けたたましい破砕音が、三人がいる部屋の下から鳴り響いた。


 「な、何事だ!?」


 マストールたちは血相を変え、部屋にかけてあった簡易の戦闘服を身に着けてから部屋を飛び出し、広い踊り階段の下に目をやった。


 「げ、玄関ホールが滅茶苦茶に…っ」


 一階の玄関ホールは見るも無残な有り様となっており、扉付近からは煙がもうもうと立っている。周りの装飾品はほぼ全て壊れてしまっている。


 「い、いった誰だ…!?ここが偉大なフリューゲン公爵家の屋敷と知ってのろ、狼藉か!?」


 マストールの腰にしがみつきながらミュカスがどこかにいる襲撃者に向かって声を上げる。


 「おー、やっぱりここがフリューゲン公爵家のお屋敷で合ってたー!それで、今の声も、聞き覚えがあるなあ?確か公爵家三兄弟の末っ子の……何だっけ」


 玄関の向こうから能天気で人をくったような声が上がった。マストールは険しい顔で、手から青い魔力を放った氷の塊を生成して、攻撃に備える。


 「何者だ、我がフリューゲン公爵の由緒ある屋敷にこのような蛮行をはたらくとは、よほど頭のねじが外れたやつのようだな」


 ようやく煙が晴れて、玄関の前に立つ不法侵入者の姿が露わとなる。


 「「あ……!?」」


 アンジェリーナとミュカスから驚愕に満ちた声が漏れた。フリューゲン公爵家の中でも特にこの二人にとって因縁がある相手だったからだ。


 「お邪魔しまーす。田舎町コヨチで暮らす平民の傭兵、ラフィでーす」


 軽いノリでそう自己紹介を述べるラフィは右手を掲げて、そのぶら下がっているものを見せつけるのだった。


 「何…!?」「きゃあ!?」「うわあああっっ」


 三兄弟とも尋常じゃないリアクションをみせた。理由は単純、ラフィが掲げた手には、護衛団のリーダー、ゼラニンの頭部が掴まれていたからだ―――




***


(遡ること一時間前――)


 背中から心臓を一突きにされ、「死」の痛みが僕を襲った。背中と胸、体中、脳内と、その感触はじわじわと駆け巡っていき、焼き切るような痛みと何ものにも代えることの出来ない苦しみが押し寄せてきた。


 「が、、、、っは………………」


 自分の口から吐き出された血だまりに顔をうずめたまま動かなくなった僕を、剣を突き刺した張本人のゼラニンは「ふん」と鼻を鳴らした。


 「田舎育ちの平民風情が、下らん意地を張るからその若い命を散らすことになったのだ………」


 そう吐き捨てて、突き刺した剣を一気に引き抜いた。


 「うひゃー、本当に殺っちまいましたねー」

 「卑賎な田舎平民とはいえ、まだ十代の若者を殺すのは、さすがのリーダーも心苦しかったんじゃあ………」


 部下たちが引き気味にそう尋ねると、ゼラニンは何てことない感じでこう答えるのだった。


 「マストール様も仰ってただろう、卑しい身分で持たざる者どもは、大人しく隅で小さくなって生きているべきだと。この下賤な若造は己の身分を弁えず、公爵家に牙を向けたのだ。殺されて当然のゴミだ」


 ゼラニンの返答に部下たちは「で、ですよねー」と同調するのだった。



 ………さて。そろそろかな。

 顔をほんの少し上げて、目線を地面の上に向ける。護衛団は全員僕に背を向け始めていた。

 よし――「身体修復」で、心臓・胸・背中の傷を塞ぎ、欠損した左腕が再生し、深手を負った右脚も瞬時に治った!


 身体もすっかり治ったところだし、ここからは存分に、「殺し返す」としますかあ!!


 むくりと起き上がり、両手に魔力を鋭利状に纏い、剣のように構えると、「身体強化」補正による高速移動で、護衛団の背後をとる―――


 スババババババ………―――――ッッ


 一度の奇襲で、十数人の首を一気に刎ねてやった!みな声を出す間もなく絶命した。


 ただ……今の奇襲にたった一人対応した奴がいた。この集団のリーダーだ。奴だけは直前で僕の気配あるいは殺気に反応し、咄嗟に回避してみせたのだった。


 「くそ、いちばん厄介そうなあんたも一緒に殺せればなーって思ったけど、無理だったか」

 「貴様……何故動ける!?確かに心臓を貫いて、殺したはずっ」


 僕から距離をとったゼラニンは頬に汗を垂らしながらそう尋ねる。まだ残っている部下たちも同じことを言いたげな顔でこっちを見ている。


 「それに……我ら護衛団の十二名を一度に、ただの一撃で殺傷してみせたとは。さっきまでとは別人の動きだったぞ。いったい何をした…!?」


 「えーと、かいつまんで答えると………あんたに殺されたお陰で、今みたいな動きが出来るようになって、さらに強くなれました。以上」

 「な、何だよそれ!ふざけるなああああああああああ!!」


 生き残りの一人が叫び声とともに杖を突き出して水の魔術を撃ってきた。僕は攻撃をひょいと躱し、魔術を撃ってきた男に接近し、魔力を纏った貫手で胸を貫いて、殺してやった。これで残り四人。


 「速さもパワーも、さっきまでと全然違うだと……っ」


ゼラニンの言う通り、今の僕はアンジェリーナと戦った時よりもずっと速くなってる。「身体強化」の補正だけでなく、死に瀕することで発動される「不撓不屈」も、パワーアップの大きな要因だ。


 「ありがとう、僕を殺してくれて。お陰でまた強くなれたよ。心臓貫かれたのはめちゃくそ痛かったけど」


 そう言って笑いながら、両手の指から魔力をレーザー状に高速で放った。三人の団員の頭、胸、首が貫かれて、それぞれ一撃で仕留めた。リーダーのゼラニンだけは両手の剣で弾かれて、またも仕留め損ねた。


 「今のは魔術ではなく、魔力のみをただ飛ばしただけか。ここまで魔力を精密に扱ってみせるとは………貴様の戦闘力、もはや上位の二等騎士レベル。傭兵ならA級というところか…っ」

 「嬉しい評価だねー。今の攻撃も防ぐなんて、あんたもかなり強いよね」

 「ぬかせ若造が…っ 心臓を貫いても死なないなら、脳を穿つか首を刎ねるまで」


 全身から闘気を放ち、両手の剣にはより鋭利で濃い魔力が纏った。アンジェリーナやたった今殺してみせたどの団員とも別格だ。人間相手だと過去一に強いぞ。

 だけど、僕は全く恐怖しない。どれだけ強い相手だろうと、死ぬ気が全くしないから。


 「やってごらんよ。それで僕を死なせられるかな?」

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