「へー、あんただったんだ。あんたが護衛団とやらを使って、僕を亡き者にしようと」
「俺は別に護衛団に、貴様を殺せと命じてなどいない。ただ手段も生死も問わないと言ったまでだ。貴様を殺そうとしたのは奴らの勝手に過ぎない」
「そんな屁理屈が入った言い訳が、僕に通用するとでも?いずれにしろ今回の件の首謀者があんたってことで良いんだな。
なら僕が殺さなきゃいけないのは、あんただけってことになるわけだ」
もっともミュカスの奴も僕を護衛団が待ち構えていた場所へ転移させたという共謀者ではあるんだけど、今回はさっきの一発と、この長男の討伐でチャラにしておいてやろう。
「俺を、殺すだと……?まぐれだろうが護衛団とそのリーダーで元二等騎士のゼラニンを返り討ちにしたことは褒めてやるが、たかが田舎の平民のⅮ級に過ぎない下等な貴様に、俺の首がとれると思うか…っ」
眉間に血管を浮かべた形相で睨みつけてくるマストール。
「アンジェリーナ。ミュカスを医務室へ運べ。そしてお前もそこで待機していろ。俺は今からこの身の程知らずのガキを氷漬けにしたうえ、バラバラに刻まなければならないからな」
そう言ってマストールから夥しい殺気が噴き出される。サーキス、盗賊の頭、ちょっと前に戦った護衛団……そのどれよりも濃くて鋭い殺気だ。
戦う前から分かる………現時点ではこの男の方が強い、今の僕がまともにやり合っても敵わない、と。
「さすがに屋敷の中で戦うのはご免被りたいな。我が家を戦場にしようものなら、現当主である我らの父上に申し訳が立たぬ―――」
ギィン! 完全に不意を突いたつもりが、見事に防がれてしまった。魔力を流し込んだ剣を、マストールは右手に持つ白銀の剣で難なく受け止めてみせた。
「貴様……この俺に不意討ちなど卑劣な真似を…っ」
マストールは怒りの声とともに力づくで僕の剣をのけ反らせてみせた。しかし僕は既に次の一手……左手に溜めておいた魔力を正面目がけてぶっ放していたのだ!
がしかし、
パキィイン!遠慮なく撃ち放った魔力の塊が、一瞬で氷塊と化した……。
「まじかー、あれだけの魔力を瞬時に凍らせた……」
「このガキが!屋敷内で戦うのはご法度だと言ってるだろうが!」
「はあ~~?そんなの僕には知ったことじゃないんで。屋敷の中だろうがお構いなしにやらせてもらいまーす!」
挑発を込めてそう言って、今度はわざとあちこちに魔力の弾やレーザー線を放ってやる。徹底的に嫌がらせをして、まずは相手の心をかき乱すことにする。
「きゃあ……っ あの男、相変わらず卑劣な…!ミュカス、すぐに医務室に連れていくからね。兄上、あの不届き者にどうか裁きを!」
壁や天井、装飾品の破片をからミュカスを守りながら、アンジェリーナは弟を連れて一階の奥へ走り去って行った。
「言われるまでもない!おい、ここで魔力を放つのを止めろ!」
「あははは、嫌でーす!」
マストールの心をさらにかき乱すべく、僕は階段の上へ跳んでそこから魔力をデタラメに撃ってやる。屋敷が壊されてることに気付いた使用人らしき人たちが慌てて逃げ惑う姿が目に入り、悲鳴も聞こえてくる。
「この外道が、戦えない者たちまで巻き込むつもりか!」
「それが何か?彼らがどうなろうとそれこそ僕には関係無いんで」
我ながら下衆いセリフを告げながら、魔力をどんどん放ちまくる。
「いい加減に、しやがれ!下賤な平民がぁああああああ!!」
そんな怒声が上がった直後、マストールの姿が目の前にパッと現れた。「身体強化」で敏捷性を上げたんだろうけど、何て速さだ…!
マストールは剣を鋭く振るって、僕を屋敷の外へ吹き飛ばした。ぎりぎり剣で防いだけど両手はじんじんするし、体にも痛みが走った。鋭い一閃ながら重い一撃だ……王国騎士団副団長だけあって速さも力も一級品と呼べるレベルだ。
「立て、下賤で卑劣な平民傭兵。ここでなら俺の本領を思う存分発揮してくれる」
玄関の外…焼き焦げた庭のど真ん中で寝転がってる僕にマストールが低い声でそう告げた。
「家族を傷つけ、土足で家に上がり込み、屋敷を滅茶苦茶に荒らした……。ここまでかつてないほどまでに、偉大な我がフリューゲン公爵家を侮辱したのは、貴様が初めてだろうよ。
その拭いきれぬ大罪、国に裁かせなどせぬ。次期当主であるこの俺が、貴様を直々に成敗し、葬ってくれよう!!」
ドン!地面を強く押した音がしたかと思うとマストールがもう目の前まで迫っていて、剣を縦に振り下ろしてきていた。さっきと同様に魔力を流し込んだ剣を盾に防ぐが、力が強く、剣の一撃が鋭くて、重い…っ
「パッシブスキルで強化された俺の剣を二度も受けて倒れなかった人間は、貴様を除けば騎士団団長とミラ・リリベルくらいだろうな。
Ⅾ級にしては大した力と剣の使い手だっ」
獰猛な笑みを浮かべた顔で、マストールは剣を左右上下斜めと速く鋭く振るい、猛攻をしかけてきた。僕はというと両手の剣でどうにか防いで受け流すので精一杯だった。
ちなみに今使っている剣はゼラニンが使っていたものだ。これまでで一番頑丈で使い勝手も良いからもらっておいた。
「ほう、これだけ攻めても息があまり上がってないとは、体力も中々のものだな――!」
ドガッ 腹を強く蹴られて植え込みにめり込まされた。剣も格闘戦も僕よりも一手も二手も上回っている……。
そして何といっても―――
「わ……!?足が、凍って……っ」
気が付けば僕がいる場所一面が、氷と化していた。足の先も凍りついてしまい、動かせない。
「ふっ……どうだ、俺の氷魔術は。この国で僕に比肩するものは存在しないといわれている水・氷魔術の威力と純度は」
僕の前まで歩み寄ってきたマストールは、愉悦を込めた顔で見下ろしながら、左手に青い氷を生成し続けている。
「俺と貴様との戦力差がどれほどのものか、分かりやすく教えてやろう。俺は剣術と魔術どちらにも秀でている。これはまあ身を以て思い知ったことだろう。
そしてもう一つ……俺と貴様との決定的な差を思い知ること。俺は、国に数人しかいないとされる、二つのパッシブスキル持ちなんだよ」
誇らしい顔でそう告げるマストールだが、生憎僕はそんなことでは驚かないし絶望もしないんだよね。
「へえーそれは凄いね。でも僕はパッシブスキル三つ持ちなんだよね」
「ちっ、この期に及んでまだそんな強がりが吐けるか。田舎の下賤な平民にしては大した胆力だな。
だが……その身分には相応しくない振る舞いだ。その身分でこの俺にデカい口を叩き立てついたこと、実に腹立たしく、不愉快だ……っ」
ドガッ 加減抜きの蹴りが顔に入った。奥歯が欠けて目がチカチカする。
「平民は平民らしく、我々貴族に立てつくことなく分相応に縮こまって生きていればいいものを。貴様のやっていることは、愚か以外の何ものでもないのだよ!」
ザクッザシュ 腕、脚、体を切り刻まれる。冷気にやられ過ぎたせいか、痛みが鈍くなっている。
「ふん、もはや虫の息といったところか。我が妹を下し、我が護衛団まで返り討ちにしたことは驚いたが、俺を脅かす程ではなかったな。
じゃあな、貴様には遺言を残す間すら与えぬ―――」
そう言うとマストールは左手に溜めてあった氷を、僕目がけて一気に撃ち放った―――
***
自身の左手にある氷を一気に放出したことで、ラフィは一瞬にして氷像と化した。
「くく、人間をここまで氷漬けにしたのは、まだ三等騎士だった頃、任務で町に巣食っていたマフィアを壊滅させた時以来か。いつもは魔物か魔獣をこうやって氷像にしていたが、存外人間でやっても映えるものだな。素体が下賤な平民であろうとも」
ピクリとも動かなくなったラフィの氷像を見て、マストールは愉悦の笑みを浮かべている。
「アクティブスキルは魔術の他、『身体強化』と『瞑想』(知力を向上させ、魔術の威力を上昇させる)も使った。
そしてパッシブスキル…『剣鬼』(剣の威力、太刀筋が向上。剣の類の武器を所持している時のみ発動)と『氷使い』(氷の魔術の威力向上、武器や防具に氷を纏わせ、強化出来る)という、どれも強者の俺に相応しいレアスキル」
剣の柄で凍ったラフィの頭をコツコツ叩く。
「強力なパッシブスキルに恵まれ、アクティブスキルも十分に使いこなせる俺に、貴様ごときが叶うはずがないのだよ!」
そう言ってマストールは凍ったラフィの身体を蹴り砕いた。
「さて……王国のゴミを片付けたことだし、あとは屋敷の修繕か。父上が次にいつ帰ってくるか分からんが、その時までにいつも通りの屋敷に戻させておかねば」
戦闘態勢を解いて剣も鞘に納めて、屋敷の方へ向かおうとしたマストールだったが――
「ぐあ……っ!?」
左肩に熱い痛みが襲った。彼の左肩を、魔力で出来た一線のレーザーが貫通していた。
「咄嗟に急所を外させるなんて、さすがは騎士団の副団長さんだ」
「き、さま……!?いったい、何故!?」
氷漬けにされたうえ、凍ったまま蹴り砕かれたはずのラフィが、五体満足の姿でマストールを見て笑っていた。