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   第二話 徐々に打ち明けていく作戦

「突然打ち明けたら、それこそ怪しまれますよ」と、紗希は陽介に言った。

「いや、それはそうだけどさー」

 陽介は椅子に座って背もたれに寄りかかりながら天井を仰ぎ見て、この先どうするかと悩んでいた。

 契約を結んだものの、具体的にどう結婚まで持っていくかを陽介は考えていなかったのだ。

「……はぁ、陽介様はお仕事に関しては天才的でいらっしゃるのに、こういうことに関しては疎いのですね。いいですか。世間体というものがございます。いきなりぽっと出の女が大きな財閥の嫁になれるわけがありません」

「えっ、そう? 僕が言えばそれで……」

「済みません。それが世間です。マスコミがここぞとばかりにやってきて叩いていきますよ。『藤堂グループを狙う女と利用される社長』みたいに」

「それは嫌だなぁ」

「でしたら、もう少ししっかりと考えてください」

 二人は打ち明ける時期についてや、そこに至るまでにどんなことがあったのかを事細かに考え、そして自分達の頭に入れていく。

 そこは記憶力のよさも頭のよさもある二人だから、特に問題はなかった。

 だが、問題なのは……。

「恋愛感情を求められましても、私、恋愛などしたことがありませんので……」という、紗希のひとことだった。

「ま、まだ結婚してないから、いきなり夫婦を演じるのはそれこそ不自然だからね!? だから、まずは恋愛をしてるのを装わないといけないから、紗希が出来ないと困るんだけど」

 陽介は困ったようにそう言うと、紗希は意地悪そうにふっと笑う。

「でしたら、その気にさせてみてくださいね」

「無茶言うなよ……。僕のことわかってるなら、難しいってわかるでしょ」

「陽介様、魅力を引き出す術はお持ちになった方がよろしいかと」

「紗希、あまり困らせないでよ」

 陽介はそう言って、紗希の手を握った。

 眉を少しだけ下げて、困ったような表情をしている。

 紗希は少し悩んだ素振りをすると……。

「……今のはちょっとぐっと来ましたね」

 そう言ってわずかに頬を赤らめたのだった。

「どこが? え? 僕、紗希にヒットするものがわからない!」

「あなたの子犬のような仕草はいいと思います。保護したくなります」

「それって恋愛感情なの? なんか違う気がするんだけど……」

「恋愛感情じゃないにしろ、何かが生まれていればいずれは恋愛感情などに結び付くことでしょう」

「えらくさっぱりした答え方だね」

「こんなことに、時間を掛けてなどいられないでしょう。さあ、陽介様のお父様には私をどのように紹介するのか、考えてくださいませ」

 陽介はこんな調子で自分を誘導してくれる紗希を選んで正解だったと思った。

 自分にだけいろいろ押し付けてくる子だったらきっと上手く結婚など出来ないだろうから。

(これも相性の内か……)

「秘書として選んだ時から既に気があって、それで紗希も僕に気があって……って感じでいいよね?」

「まあ、それが自然でしょうね……」

「親父にさっさと結婚しなかったのは何でだって言われそうだから、そこはまだ恋人でもなかったからって言っておけばいいか」

「そうですね。事実ですから」

 陽介は改めて紗希を見る。

 紗希は一般受けしそうな容姿の、でも普通の女性だ。

 家庭環境も普通だったと聞いている。

 そんな紗希が、こうして危険を冒してまで自分の契約結婚に乗ってきた理由は何なのだろうかと。

 そんなことをしなくても、いい相手がいそうなものなのに。

「ねえ、紗希。どうして契約結婚の話、乗ってくれたの?」

「そんなの、面白そうだからに決まってるじゃないですか。まあ、あとは報酬面とかですね……。こんなに助かるものはないですよ。一生涯に渡って藤堂グループのフォローを受けられるなんて、破格です」

「君……、やっぱりしっかりしてるね」

「当たり前です」

 その当たり前を当たり前に出来る人ってなかなかいないんだけどなぁと陽介は思った。

 そして、二人は一日を使って、契約結婚をするにあたって必要なことを考えるのだった。

 仕事ももちろんやりながらではあったものの、そちらはいつものルーティンだったため、メインは契約結婚の話だった。

「お互いの家に行かなかったのは世間の目があるから、ということに致しましょう。藤堂グループに世間からの冷たい視線を浴びせるわけにはいかなかったから、ということで二人で隠れながらデートをしていたなどということにして……」

「まあ、それなら理由として通るよね。うん。それがいい」

「……陽介様、正直な話を、今、してもいいですか」

「うん。何? どうしたの?」

「本当に、わからないのですが……。何故、私を選ばれたのですか?」

「んー、だって秘書の君くらいしか、今僕のことを好きになってくれそうな人、いないしねぇ。それに、君、面白いから」

「面白いから、ですか……」

「うん。それじゃダメ?」

「ダメというわけではありませんが……。やはり、私にこんな大役……」

「大丈夫。僕がなんとかするから。君は羽を伸ばしててよ。好きなように暮らして、時間が過ぎるのをただ待っていて。それだけで、いいから」

「……」

 紗希は複雑そうな表情を浮かべて、ゆっくりと頷いた。

「表向きの夫婦を演じるだけ」という条件で、紗希はこれから陽介の太陽のような笑顔と力に振り回されるようになるのだった。


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