紗希が目を覚ますと、朝の六時だった。いつも通りの時間に目が覚めたのだ。
しかし、見慣れない天井を見て、一瞬だけ自分がどこにいるのかわからなくなって、周りを見回した。そして自分が契約結婚のために、荷物もろくに持たずに身一つで陽介と共に新しい家に住むことになったことを思い出したのだった。
紗希は紗希の部屋として用意されたその部屋の窓を開け、外を見る。
すぐ近くに竹藪などがあり、また四季を感じられる植物が多くあって、思わず顔が綻んだ。
(そうだ。紅茶でも飲もう)
そう思って、家の中を見て回る。
陽介の部屋には入らないように気を付けながら、見ていると、どこか生活感のない家だと思った。まだ、これからいろいろと物を入れたりするのだから、何もないのは当たり前かもしれないが……。
「あ、キッチンここか……」
お湯を沸かす準備をし、お湯が沸くのを茶葉の準備をしながら待っていると、ぱたぱたとスリッパの音がした。
「紗希? どうしたの?」
そこにはもう身なりをしっかりと整えたスーツ姿の陽介が経っていた。
「ああ、陽介様……。随分と、お早いのですね」
まだ自分はパジャマなのにと少しばかり心の中で落ち込んでいると、陽介は明るくこう言う。
「ううん? 僕はいつも通りだよ。基本的に四時には起きるようにしているからね。この世界にいるとどうしてもね……。ましてや、幼少期からそうなることが決まってたから、早起きして勉強したり、情報を仕入れる癖がついてるってだけ」
結構、御曹司ということで苦労してきたんだろう。そう思わざるを得なかった。
「コーヒー? 紅茶? どっちも好きなんだけど、僕の分も淹れてくれると嬉しいなぁ……!」
「緑茶という選択肢はないんですか……」
「あ、そっか。じゃあ、緑茶も選択肢に入れて、どれでもいいから僕の分も!」
「……はいはい。冬ですから、チョコレートの香りのするフレーバードティーにしましょうか」
「うん。それがいい。あ、ミルク入れるかどうかは任せるよ。君の好きなものを知っていきたいんだ。夫婦だからね」
「……ええ」
紅茶を淹れながら、紗希は少しばかり思うことがあった。なんで陽介はこんなにも明るいのだろうかということと、こんな生活を受け入れ始めた自分がいるということ。
どちらも気になったが、とりあえず今は紅茶を淹れてあげることが先決だろう。
「どうぞ。ミルクティーにしてみました。お砂糖は二つ入れてあります。足りなければこちらをどうぞ」
「うん。ありがとう。……うん。久しぶりに砂糖入りのミルクティーなんて飲んだよ。結構甘くて、僕好みだ」
「そうですか。それはよかったです」
「仕事の話はしたくないからさ、朝の時間は、なるべく楽しく過ごそうよ。僕達せっかく夫婦になったんだから。あ、昨日畑があるって言ったよね? 二人でいつか畑もやれるようになったらいいね」
そんな言葉に、紗希は契約が終わるまでならいいかと思った。
その一方で、陽介は本気で自分がそう言っていることに気づき、あれ? と思うのだった。
好きだけど、これは友人への好きと同じ……。
他に感情なんてないはずなんだけどなぁと、陽介は不思議に思う。
陽介は、まあ、きっと勘違いか何かだろうと、そう思うことにした。
二人は仕事以外の趣味の話などをしようとしたところで、陽介に電話が掛かってきた。
「どうしたの? まあ、七時だからいいけど……。で? ……ふうん」
紗希が口パクで「仕事ですか?」と聞くと、陽介は困ったように笑って頷いた。
「ちょっと待って、今パソコンで確認するから」
そう言って、陽介はミルクティーを一気に飲むと、静かに「ごちそうさま」と言って、紗希に目を細めて微笑んで見せて、自室に戻っていった。
紗希は無駄に顔がいいなぁと羨ましくも思いながら、ティーカップなどの片づけをし始めるのだった。
そして、片づけ終わると、紗希は出勤の準備をする。
オフィスに相応しい姿になるように、スーツを着こなし、髪をまとめて前髪を軽くヘアアイロンで巻いた。
鏡の前でその姿を確認し、鞄の中身を確認して、スマホにある陽介の今日のスケジュールを確認する。
そして、自分のスケジュールを立てていく。
そこへトントンとノックの音がした。
「紗希、ごめん! 急ぎで仕事が入った! まだ八時だけど、行けそう?」
陽介が申し訳なさそうに部屋の外から紗希にそう言う。
「ええ。大丈夫です。陽介様はいつも先に予定を入れてくださるので、助かります」
化粧もしっかりとして、最後にコートを羽織って部屋の外へと紗希は出た。
「陽介様。行きましょう。今日も、お仕事が待っているのでしょう?」
「うん。それじゃ、行こうか。……こうして一緒に行くのは初めてだね」
「初めてじゃなかったら、ちょっと困りますね。どんな生活を送っていることかと私は私を叱らなければならなくなりますので」
「……君って本当に面白いね。真面目すぎるよ。そんなところも、人として好きなんだけどね」
そう言って、二人は車に乗り込んでオフィスへと向かっていった。