「さて、どうやって親父に君を紹介するか……。君も一緒に考えてよ。紗希」
「一番お近くで見ていたはずの陽介様にわからないのでしたら、私はもっとわかりません」
「そんなこと言わずにさぁ……。あー、あの偏屈親父。どう言えばいいんだ」
陽介は頭を抱えていた。
いざ結婚相手を見つけたところで、それをどう伝えるかで困ってしまったのだ。
「社内にはまだ秘密にしておけばいいし……。とにかくあの親父さえどうにか出来れば、僕達は比較的良好な距離感を保った関係でいられるんだから」
「……あの」
「何かいいアイデアでも思いついた?」
「いえ、ただ、跡継ぎがほしいだけなのであれば、それこそ本当にどなたでもよろしいのでは……?」
「いや? あの親父、最初はそれでいいって言うけど、後になってよくないだのなんだのと言ってくるから。間違いないよ。俺が生まれてからずっとそうだった」
「そうなんですね……」
「平穏な日々が欲しいだけなんだよ。こっちは。なのに、いつもいつも……」
「愚痴を言うのもいいですが、それでは何の解決にもなりませんよ。とりあえず、オフィスから出ませんか? もう大分夜も更けて参りました」
「……うーん。そうだね」
仕事が終わってから二人でずっと社長室にいて話していたが、夜も更け、すっかり月が昇ってしまった。
大きな窓から見える月は、都会をぼんやりと照らしている。
「帰ろう。……いっそのこと跡継ぎを妊娠してるからとでも言えば」
「嫌です」
紗希は素晴らしいほどの笑顔で言ってのけた。
「そうだよね……。さすがにその手は使いたくないもんね。大体そんなことしたら引っ込みがつかなくなって契約期間満了がどうとか言ってられなくなるし、君も僕も逃げ道がなくなる」
「とにかく嫌なので妊娠とか軽々しく言わないでください。嫌悪感しか抱けません」
「……ごめんね。そうだよね」
「陽介様のお生まれになった環境などを考えるとそういう子どもさえも道具という考えが普通かもしれませんけども、私はそうじゃないので」
「うん。ごめん。本気で反省してる。今のは僕が悪かった。……とにかく、帰ろうか」
「……わかりました」
紗希はため息をついた。
「帰りましょう。私の運転ではなく、ご自身で運転されますか?」
「僕が運転する。君は寝ててくれてもいいから」
「お気遣いありがとうございます」
「……ねえ、その堅苦しい言葉、やめない?」
「これは秘書として……」
「その前に、僕達、形だけかもしれないけど、夫婦だよ? いいじゃん。二人きりの時くらい、もう少し素を出し合っても」
「そうは言っても」
「……」
陽介はなぜかそこを譲らなかった。紗希が頷かなければ動く気などないようだ。
「はあ、わかりました。それなら、普段通りにさせてもらうから……」
いつもよりも幾分か声が落ち着いたトーンになった紗希は、雰囲気も少しだけ和らいだように思えた。
「え、そんな感じなんだ」
「嫌なら戻すけれど」
「いやいや、違うって! 意外性があっていいなーと思ったんだよ」
「そう。じゃあ、運転してくださいね。早く、家に帰って紅茶を飲みたいから」
「……人使いが思ったよりも荒いね。うん。でも、こっちの君の方が本当の君なんだね。わかったよ。それじゃあ、行こう」
「ええ」
そして二人は車に乗り込み、家へと帰っていく。
道中、二人の間に会話はあまりなく、紗希は窓の外の景色をずっと見ていた。
ゆっくりと都会から田舎へと変わっていく。
そしてしばらくすると、二人で住むにはそこそこ大きな家に着くのだった。
「あ、晩ご飯どうしようか」
車から降りた瞬間、陽介はそう言った。
紗希もそうだったと思い出して、こう言う。
「明日は、食料を買って帰ろう……。今日はピザか何かにするしかないみたいだね」
「うーん、僕、ピザとかより和食が好きだからなぁ。でも、ピザもいいか。仕方ないもんね」
そして二人は家に入るとピザを注文し、待っている間、ずっと陽介の言う偏屈親父に対してどうやって結婚相手の紗希を紹介するかを話すのだった。
話し合った結果……、一度陽介が探りを入れてみることになった。
誰でもいいのか、それともそうじゃないのか。
(やれやれ、気が思いやられるよ……。僕はこういう探りを入れるのとか、遊びでやるのは好きだけどね……。親父相手じゃ腹の探り合いで疲れること間違いなしだ)
親子揃って経営者だからか、その人の腹を探るということを遊びや……、本気でやることがある。
それはあまり褒められた行為ではないが、自身や財閥を守るための大事な術である。
しかし、相手が自分の肉親、それも親子ともなると……。
(あの人を、どう超えられるか……。自分がうまく動けるようにするには、言い負かさないとなぁ。ああ、面倒くさい)
陽介にとってはとても面倒なのだった。
「陽介さん……? どうしたの?」
「今ね、あの偏屈親父をどう言い負かせるかって考えてたんだ」
「……そう」
紗希はそれ以上、何も言わなかった。