その翌日、久々に陽介が休みを取れたとはしゃいでいた。秘書である紗希は、また別で仕事がある場合があるのだが、偶然にも休みが重なっていたのだった。
「あれ? そういえば紗希、今日は家を出るのが遅いね」なんてとぼけて言ってくる陽介に、紗希は「ご存じではありませんでしたか。私も本日はお休みをいただいております」とわざと秘書の時らしく声を出した。
陽介は「わかってるよ。わかってる。だからさ、からかってただけ! それでなんだけど、もしよければデートにでも行かない? 僕のお嫁さん」と紗希の手を取って言った。
どこか気障な行動を取ってくる。仕方がないが……。こればかりは人間のキャラクター性の問題であってどうしようもないことなのだから。紗希はため息をついて、はいはいと二度頷いた。
陽介は「ふふっ」と笑って「出かける準備をしてね。あ、でも財布は持たなくていいから。上着とハンカチと……、まあ、そんなものだけ持っておいで」と言ってきたのだった。
紗希は言われた通り、コートを羽織り、必要最低限のものを……もちろん財布も一応バッグに入れて出かける支度をした。
髪はいつもまとめていたが、今日は休日ということもあって下ろしている。
「わあ、紗希なんだかお嫁さんというよりお姫様って感じだね」
「……三十路の私にそんなことを言われても困るよ」
「三十路!? 何、女性の中で二十六歳って三十路なの?」
「な、なんで私の年齢……知ってるんですか……っ」
「え、自分の秘書の年齢と誕生日くらい把握しておくよ? というか僕は一応ほとんどの社員の大体の年齢くらいは覚えてるよ。そのくらい、経営者ならしておいた方が、いいと思うんだけどなぁ」
「……頭の中のストレージは、まだ余裕……なの?」
「もちろん。使わないデータから順に消えてくシステム。脳って凄いよね。それより、行こう? お店閉まっちゃうよ」
そう言って、陽介は紗希の手を握った。
紗希は少し考えるところがあったが、別段嫌悪感が出るわけでもなかったため、そのまま手をつないで、ちょっとだけ歩いたところにある駐車場の車まで行くのだった。
車に乗って二人がやってきたのは、デパートだった。
それも、会員制のいいところのデパート。
陽介は当たり前のようにそのデパートに入り、紗希と共にまず向かったのが、ジュエリーショップだった。
それも紗希も名前を聞いたことのあるような、有名店……。
「既製品で悪いけど、まずは挨拶みたいな意味で、買ってあげたくて……。指輪は……、抵抗あるよね? もしよければ、ブレスレットかネックレスがいいかなって思うんだけど、どうかな?」
「え、でも、私……お金、そんなに……」
そう言うと、陽介は一瞬だけ笑って、立ち止まる。
「僕の冗談に付き合わせてるんだ。少しくらい、こういうのを買ってあげるくらいのこと、させてほしい。身に着けたくなかったら、部屋に飾っとくでも、しまっておくでもいいからさ」
そう言って、陽介は戸惑う紗希の手を優しく引っ張って店の中へと足を踏み入れる。
「藤堂様、いらっしゃいませ。今回はどのようなお品物を?」
「彼女に似合うものを考えてるんだけど、どんなものがいいと思う? あ、最新作も見せてよ。この季節限定の。前に送ってくれた案内にあった桜のシリーズ、まだ売り切れってことはないよね? 出たばかりだから」
「はい。もちろんご用意がございます。彼女様のお名前は……」
「私は白石です。白石紗希」
「では、藤堂様、白石様。こちらへ。ただ今、新作のコレクションを持ってまいりますね」
「……はい」
紗希はこういったジュエリーショップは慣れていない。そのためどこかそわそわした様子だった。
「大丈夫だよ。紗希。ただ指輪とかブレスレットとかを見て、気に入ったのがあったらこれが欲しいって言ってくれればそれでいいんだよ」
「欲しいなんて、そんなの言えない……。だって、私からしたらその……お高いし……」
少し声が小さくなってしまう。
「……心配性だね。でも、僕が誰か忘れたの?」
「藤堂陽介様です……。財閥の御曹司……」
「そう。だから少しくらい痛くもなんともないから。好きなのを選びなよ」
「お待たせいたしました」
どこか居心地の悪さを感じながら、紗希は次から次へと並べられていく、新作コレクションを見ていた。
「今回はバリエーションが多いね」
「そうなんです。もう少し種類が欲しいとお客様方のご要望にお応えする形で……」
普通に店員と話をする陽介の隣で、紗希はやっぱり陽介が自分とは違う世界の人間なんだなということを思い知った。
出てくる言葉も、知識も、何もかもが自分よりも秀でている。
もちろん、それらがないと生きていけない世界に身を置いているから自然と覚えていったのだろうが、紗希はなんだか非の打ちどころのない陽介が、若干恐ろしくも思えていたのだった。