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   第十一話 藤堂龍之介という父親

 陽介の運転する車で、紗希は藤堂家の本家に連れられてきた。

 藤堂家というものは分家なども当然あるのだが、陽介はその本家の長男である。

 だから余計に跡継ぎ問題などが出てきてしまうのだった。

 そして紗希は来る直前に揃えてもらった洋服を身にまとい、緊張しながら陽介の隣を歩いていた。

「……」

「ぷっ、そんなに緊張しなくても」

 思わず吹き出す陽介に、紗希はじろりと見る。

「……ごめん。確かに、僕の都合で来てもらってるし、ちょっと申し訳ないと思ってるよ。でもそこまで緊張するほどじゃないよ? 親父だって一応人間だしさ。外の人には優しいから……多分」

「これから中の人になるかもしれないのに? あなたは元々中の人だから大丈夫かもしれないけれど、私は外の人間だから、受け入れがたいの」

「そんな小声じゃなくて大声でいいよ」

「言えるかっ!」

 門の外でそんなことを言い合っていると、陽介は「それだけ元気があれば大丈夫だ!」と紗希の背中をぽんと叩く。

 そこへ門が開き、中から社内で見かける秘書仲間の女性が出てきた。

 見かけると言っても、その存在を知らない者はいないくらいの社内の有名人でもある。

「会長がお呼びですよ。陽介社長、それから……白石紗希さん?」

 少しばかり不思議そうな顔をしながら、その女性は二人を中へと通す。

 門をくぐるとそこには立派な日本庭園が広がっていて、冬の景色だというのに、寂しいというよりかは美しさが勝っていた。

 何が、というよりかはその庭園の全てで美しいと感じられるのだろうと紗希は思う。

「紗希、こっちこっち」

 思わず立ち止まってしまっていた紗希は、陽介に呼ばれてその後を追う。

「何に見惚れてたの?」

「……え、庭園」

「ああ、まあね。ここの庭は綺麗だもんね。それは僕も思うよ」

「陽介様もそう思うの?」

「うん。あ、そういえばずっと僕のこと様付けで呼んでるけど、それ今すぐ取っ払ってよ」

「はい?」

 何を今更……と紗希は陽介をじろりと見る。

 陽介はバツが悪そうな顔をして、どこか遠くを見ながらこう言う。

「うちの両親がそうだったから気づかなかったけど、一般的には夫婦って様付けで呼ぶなんてあまりないでしょ? 多分。だからさ、なるべく普通な夫婦になりたくて」

「普通……ねぇ。まあ、いいけれど。私もなんだか、変な感じがしてたのは確かだし」

「お、よかった! それじゃあ、紗希、改めて、よろしくね!」

「ええ。……陽介」

 なんだか呼び慣れていないその名前に、紗希はまだ違和感を感じながらも慣れるしかないのだと自分に言い聞かせるのだった。

 そして通された部屋は、純和風で、紗希はここ最近めっきりしなくなっていた正座をして陽介の父、藤堂龍之介を待つ。

 しばらくすると、紗希達が結婚する理由になった藤堂龍之介その人が入ってきたのだった。

 今時珍しい和装で、陽介よりも身長が高く、厳つい顔をしている。

 紗希を見ると、龍之介は「やあ、陽介のお付きの秘書さんだね。社内で陽介といつも一緒にいるから、覚えているよ。こんなところまでお疲れ様。陽介のお守は大変だろう」とにこやかに言っていたが、目が笑ってはいなかった。

「い、いえ……。お守というほどでは」

「そんなに怖がられては、私も少しばかり悲しく感じるよ。もう少し、力を抜いてはくれないかな。大丈夫。陽介には噛みつくが、君には噛みつくことはしないつもりだよ」

 それは、何か噛みつく理由があれば噛みつくということだろうと紗希は心の中で冷や汗を流しながら思う。

 本当に、この親子は……。苦手な部類の人間だ。

 紗希はそう思いながら、出されたお茶を一口飲む。

 緊張で味がわからないと思っていたが、その独特な甘さから、通常の煎茶ではなく、玉露だとわかり思わず「こちらの玉露、美味しいですね」と呟いた。

「おや、お茶の味がわかるお嬢さんだったか」と龍之介は少しばかり嬉しそうな声を上げた。

「少々、お茶に関しては知識がございますので……」

「失礼だが、ご実家が茶業でも営まれていたのかな?」

「営んではおりませんでしたが、趣味で茶畑を所有していました。その関係で……」

「なるほど。それは詳しいわけだ。で、陽介。こちらの秘書のお嬢さんを連れてきたその理由を……教えてもらおうか」

 途端に、空気が重くぴりついた。

 そうだというのに、陽介は明るくこう言うのだ。

「実は、その秘書のお嬢さんの白石紗希さんと今同棲生活してるんだよね……! もう結婚する約束もしててさ! 今日はその報告だよ」

 ……物事には順序があるだろうと、紗希は思わず顔を手で覆った。

 龍之介もどう返したらいいのか悩んでいるのか、それとも別のことを考えているのか。しばらくの間沈黙していたが、陽介とよく似た笑い方で「ははっ。そうか!」と一言だけ言った。

「それは、ビジネスか。それとも、愛し合ってのことか。それとも私を欺くための罠か?」

 龍之介に続き、陽介も「純愛だよ」と笑った。

 正直、こんなところに居たくないと、紗希は思う。

 そして助けを求めるように龍之介の秘書に視線を送ると、冷たい視線とは違う……、同情の視線のようなものを返されてしまうのだった。

 紗希は陽介がどう説明するのかを、どきどきとしながら聞くことになるのだった。


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