どうしよう。どうしたらいいのだろう。
陽介は朝食を共にしている紗希の表情を窺っていた。
父親に会わせてからというもの、紗希の表情は曇ってしまった。
いつもどこか物憂げな顔で、どこか集中出来ていないような気もするし、よく眉間に皺を寄せている……。
やはりこれは自分と自分の父親が原因だろう。
そう思った陽介は、なんとかせねばと立ち上がろうとするのだった。
「あ、あの、紗希……」
「何」
紗希はじろりと目つきを悪く陽介を見た。
心なしか言葉も少し乱暴できつい気がする。
「……僕、何かした? もしそうだったら言って。謝るし、改善出来るものならするよ。せっかくの二人暮らしだよ。出来る限りお互い快適に暮らしたいと思って」
陽介はなるべく刺激しないように、にこやかにそう言った。
しかし、紗希は二秒ほど陽介を見てから、すぐに手元に視線を落としてこう言うのだった。
「ご飯が冷める」
「う……。わかったよ」
今日の朝ご飯は紗希のお手製の和食だった。
白米、焼き魚、野菜の浅漬け、みそ汁に豆腐……。
とても美味しいのだが、何故こうも味がしないような気がするのだろうか。
出来ることならもう少しいい雰囲気の中で食べたかったと、陽介は少し残念に思うのだった。
「……陽介は、何か勘違いしてるかもしれないけれど」
朝ご飯を食べ終わった紗希はそう話を切り出す。
「私、機嫌が悪いわけではないから……」
「そうなの?」
「ごめん。そう見えていたなら、申し訳ないんだけれど……。ちょっとね、頭痛持ちだから、それでいつもは薬を飲んで落ち着かせてたんだけれど、今手元にその薬がなくてね……。だから、私も、陽介も悪くないの。もちろん、会長も……」
「そう……だったんだ」
なんだ。蓋を開ければ簡単だった。
陽介はもっと素直に気軽に聞くべきだったと思うと同時に、紗希の体調を心配するのだった。
もしかして、自分の秘書として働き始めた時には既にずっと頭痛の薬を手放せずにいた?
いや、きっとそうだ。それは、そうだろう。
何度もやって来るだろう頭痛で毎回休んでいたら、仕事にならない。
社会人として、出来る限りの対処をするのは当たり前のことかもしれない。
でも、陽介はちっともそんな素振りを見せなかった紗希に、そしてそれに気づけなかった自分に少しばかり何やってるんだという心配と落ち込みのような感情が胸にどんよりと曇り空のように広がるのだった。
「それより、陽介……」
「うん?」
「ご飯、美味しかった?」
「え、うん。美味しかったよ」
「そっか。——よかった」
紗希はにこりと微笑んだ。
その笑顔を見た陽介は、少しばかり胸がときめいた。
完璧だと思い込んでいた彼女の人間らしさに触れて、安心したのだろう。
そう、思うことにしたのだった。
「そういえば、結婚するって、いつ発表するの?」
「この冬にはするよ」
「……それってもう日がないじゃない。どうして私に相談してくれないの。私にもそれなりに心の準備というものがあってだね……? わかるよね?」
「それは、その、ごめん。でもほら、親父に言っちゃった手前、もう後には引けないから早い方がいいのかなーなんて」
「無計画。仕事においてはとてもよく働く頭なのに、どうして身の回りのことはそう計画性がないの。でも、なんだか人間らしくて少し安心した」
矛盾することを言っていると紗希は自分でも思っていた。
でも、それはきっとこの陽介も先ほど感じたことだろう。
まだ、二人はお互いのことを全く知らない。
これから、知っていきたい。
これから、知らなければならない。
そんな二つの気持ちが交差する中、気持ちのいい午前の日差しが窓から差し込んでいた。
そして陽介はふと思い立つ。
「ああ、そうだ。二月にしようか。結婚を発表するの。正月もひと段落して落ち着く頃だからね。こちらもその方がいいんだけど、そちらは大丈夫? ご実家とか……びっくりさせてしまって申し訳ないんだけれど」
「実家には……まあ、事後報告でもいいのかもしれないし、私の都合は気にしなくていいよ。あなたの都合に合わせるっていう、そういう契約での結婚だったと、私は記憶しているから。でも、ありがとう。気にかけてくれて」
「付き合わせてしまっているからには、気に掛けるのは当たり前だよ。でも、いいんだね。もう引けないよ」
「とっくに引けないところまでやってきてしまってるんだから、今更だよ。大丈夫、もう覚悟出来てるよ。会長が、ちょっと怖いけれど、でも、期限付きだからね。だったら、その間くらいはなんとかする。約束通りに、ね」
それから先は食器を片付け、陽介の分の食器も洗って、片づける。
すっかり、二人暮らしにも慣れてきたようだった。
だが、相変わらず二人は普段言葉をあまり掛け合わない。
その必要がないからと言えばそうかもしれないが、そのことに危機感を持っているのは二人一緒だった。
これから期限付きとはいえ、本当の結婚生活になるのに、やっていけるのだろうかと心の中でため息をつくのだった。