テレビでは桜前線が……と、春の訪れをテレビが特集することが多くなってきた。
確かに、最近あちらこちらで桜が咲いているのを二人は見かける。
そんな中での休日、二人は花見でもしようかと公園に来ていたのだが……。
「うわぁ、ごった返してるね。これじゃ桜見る前に人で酔っちゃうよー」
陽介があまりの人混みに笑いながらそう言っていた。
「当たり前。この辺りで桜が見られる公園といえば、ここくらいだから……」
「ふうん。葉桜なんかは見向きもしないのにねぇ」
「葉桜は、地味だから。ほら、私だって葉桜みたいなものだよ。陽介みたいな派手な桜とか……太陽みたいな人とは、普通は違うもの」
「僕だって普通の人間だけどなー。確かに、親父達は違うけど」
そう言う陽介に、どこからか声が掛かった。
「藤堂様! どうして、こちらに!?」
「あ、浪波さん。お久しぶりです。お花見ですか?」
陽介に声を掛けたのは浪波という男で、以前から藤堂グループとは少しばかり付き合いのある中小企業の社長だった。
紗希も記憶には残っていたが、あまりに印象が薄く、覚えていないに等しいというのに、陽介はすぐに頭の中の引き出しから浪波という男を出した。
その記憶力に感心する紗希だった。
「もちろん、うちも花見ですよ。藤堂様もお花見、ですよね? そちらの方がお噂の奥様でしょう? いやぁ、噂よりも美人ですね」
「そうでしょう」
陽介はなんとなく、またか……と思った。
誰も自分の隣にいる人のことまで見ようとする人はいないんだと、そのことに気づいている。
そして、自分を見ながらも皆父親の方を見ていることも、陽介は知っているのだ。
なんだか、嫌だとか悲しいだとかそんな感情まではいかないまでも、心が沈むような、そんな気がした。
チクチクと、実は妻とあなたは会ったことがあるんですよなんて言ったら、どんな顔をするだろうかなんて思ったが、そんなやり方は自分の好みのやり方ではないし、今後の付き合いというものもある。やめておくのがよさそうだ。
「もしよろしければ、うちの花見席にでもお越しになりますか? 立ってばかりでお疲れでしょう。それに、こんなに人混みが凄いと桜もゆっくり見られませんからね。ついでに仕事の話でも……」
浪波は陽介に恩を売ろうと必死だった。
しかし、陽介はもちろんそれを断ろうと口を開く。
が、それよりも早くに紗希が先に断る。
「申し訳ございません。夫はこれから私と……大事な約束があるんです……。それにお仕事のお話ばかりですと……ね。せっかくの楽しいお席に、申し訳がないので、また後日、お話の席を設けましょう。お気持ち、本当にありがとうございます。ね、行きましょう。陽介」
そう言って、紗希は陽介の腕に自分の腕を絡ませて、車を置いてある駐車場へと歩いていく。
「紗希、どうして」
「だって、あんな言い方されてたら、休日なのに陽介がまるで休めないじゃない」
「……僕のことを想ってくれたってことでいい?」
「……さあ。どうだろう」
答えを濁す紗希に、陽介はそんな紗希が可愛いなぁと思うのだった。
不思議なことに、自身の腕に絡まれた腕の体温が、煩わしいとは思えなかった。
普通だったら、いくら陽介でも他人に勝手に腕に絡まれたら嫌がるのだが、それだけ心をお互いに許しているということだろう。
だからこそ、契約という言葉が思い浮かぶと、陽介は切なさを感じるように思えてきたのだった。
(まさか、自分がこんな気持ちになるなんてなぁ。でも、まだ好きかどうかは……ちょっとわからない、か……。とりあえず、しばらくはこのままでいてもらおう。お互いのためだ)
そんなことを考えている陽介に、紗希が「どうしたの?」と視線を送る。
陽介はいつものように笑って「なんでもないよ」と表情で語る。
「はー、それにしても、どこに行こうか。結婚式場でも探しに行く?」
「えっ、でも結婚式はやらないって……」
「でもきっとその内やるようになるよ。遅れたけどって。そういう世間体みたいなの、僕はどうでもいいけどやらないと親父がうるさいからさ……。ごめんね。付き合って?」
陽介はさらっと重要なことを言ってのける。
紗希は目を大きく見開いて、ぱちぱちと二度ほど瞬きをすると、深くため息をつき、困ったような顔をして、笑った。
「仕方ないね。陽介がそう言うなら……。私、好きなドレスとか、色打掛とか、選ばせてもらうよ。それでもいいよね?」
「もちろん! その辺りは僕のお金使えるだけ使って! だって、今は君との生活があるからお金を稼げている、と言えるからね。あと、夢のために、いっぱい時間を使って探そう。君の理想の結婚式を挙げられるように。相手が僕なのが、申し訳ないけれど」
「……うん。ありがとう」
「いえいえ、こちらこそ」
そうして、二人は結婚式場を探すようになった。
まだ、どこにするのかは決まっていないが、陽介は紗希のしたいようにしてあげようと、それだけは決めている。
自分のわがままから始まった関係なのだから。