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   第二十一話 日々を過ごしていくうちに

「……」

 陽介と紗希は家に帰って、一緒に晩ご飯を食べていた。

 そして、紗希は陽介を少しばかりじっと見つめ、手が止まる。

 陽介はそのことに気づかず、次の料理へと箸を運ぼうとしてようやくその紗希の視線に気づく。

「どうしたの? 紗希」

「食べ方……」

「……もしかして、僕どこか変?」

「ううん。とてもきれい。だけど、きれいすぎて、本当に良家のお坊ちゃんなんだなって実感させられる。そんな人と結婚なんて、今更だけど私で務まるのかなって」

「何言ってるの」

 陽介は微笑んだ。

「紗希だからいいんじゃない! そりゃ、最初は冗談で始まったけど、今は冗談じゃないし、紗希の小さな表情の変化だって見逃さないようになってきたんだよ?」

「ち、小さな、表情の変化?」

「そう。たとえば、今は不安の色が強いかなー。子犬みたいな瞳してる。ポメちゃんみたい」

「ポメちゃんって……、ポメラニアンのこと?」

「うん。ポメラニアン」

「……ふざけてる?」

「ふざけてないよ。まあ、言いたいことはつまり君は犬みたいに表情がないようでめちゃくちゃあるよってことだよ」

「……説明下手」

「はははっ、ごめんね? でも、そうして表情の違いがわかるようになって、僕は余計に君と一緒にもっと過ごしていたいなーって思うようになった」

「そう、なんだ」

「でも君、最近ちょっと怖がってるよね。周りの人間が変わってきてしまって……」

「!」

「大体わかるよ。僕の妻になるってそういうことだし。僕は最初からそうなるように育てられてきたから、ある程度は耐性があったけれど……。でも、一般人の君にはそういう経験はあまりない。違うかな?」

「……そうね。そうよ」

「ご飯、食べ終わったらちょっと話そうか。お味噌汁、せっかくあったかいんだもの。食べちゃわないともったいないよ」

「うん。……そうだね」

 そして二人はご飯を食べ終えてから、ひと段落するとリビングのソファーに腰かけて話をすることとなった。

 隣同士座る二人の距離は遠い。

 少しばかり困った笑顔を見せながら、陽介は反対側のソファー、つまり紗希の正面に座り直した。

「それで、何の話だったかな?」

「その、人の目が変わってきたってところまでで……。覚えてないなら、いいよ。忘れて」

「あ、そこまでね。ううん。話そう。人っていうものについて」

 そこから語られるのは、陽介が実際に遭遇してきた偏見の目であったり、決めつけの目の中の日々だった。

 あまりに情報量が多いから、紗希はところどころしか覚えられなかったが、まあ、想像通りというようなところで。でもそんな風に、陽介も紗希と似たようなと言ったらまた違うかもしれないが、紗希はそんな風に自分のことを明け透けに言ってくれる陽介のことが、信頼出来ると思えた。それは間違いない。

 そもそも、仕事上のパートナーであることから、信頼関係が構築されていないわけがなかった。それほど、二人はお互いのことを仕事の関係で大事に思っているし、今では互いに隣に立つ者として手を取り合って助け合っていこうという気持ちもあるのだ。

 その互いを助け合っていこう、頼り合ってというよりは支えあっていこうという気持ちは、日々を過ごすうちに徐々に大きく成長してきている。

 ただ、正直になれないのが、紗希の悪いところで、気づかないところが陽介の悪いところである。

 お互いに、この気持ちにはまだ気づいていない。

 なんとなく、居心地がいいなくらいにしか感じられていないのだ。

「……って感じなんだけど、紗希がもし辛いなら、海外にでも行っちゃう?」

「スケール大きすぎ……。私は日本がいい」

「スケールは大きくないよ? 今や世界中との取引が普通なんだから。でも、日本がいいのは同感。だって、こんなに和食が美味しいし、言葉も人も好きなんだよね。海外には海外の良さがあるけれど……。でも、生まれた土地っていうのは、特別なものだもの。って、また変な方向に話ずれちゃったね。ごめんね。紗希」

「いいよ。……気持ちは、伝わったから。十分すぎるほどに。ありがとう」

「そう? それならよかった」

 紗希は陽介の優しさを素直に受け取った。陽介はなんだかこれでよかったのかなと自分のまとまりのない話に、もう少しきちんと話を出来るようにならなければと思う。

 そして、また日々が過ぎ去っていく。

 でもそうなると、やはり陽介の言った人々の変わった視線が、紗希には痛く思えるのだった。

 その度に、紗希は「またか」と何度も心の中でため息をつき、ビジネスだからと乗り切った。プライベートの部分では、少し泣きそうになることも出てくるのだった。

 それは、唯一変わってほしくなかったものだった。

 でも変わってしまう。

 それは親からの目だ。

 玉の輿、などと昔の人はよく言ったものだが、紗希の親もそういうことを言う人達だった……。

 紗希は、メールで「玉の輿だね」と書かれているのを見て、何故だかとても泣きたくなって、電話で言い返そうと思った。

 だけど、なかなか言い返す言葉が浮かんでこない。

 だから、陽介に少しだけ、相談することにした。


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