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   第二十二話 変わる人々

「陽介、少し……いい?」

 帰宅後、陽介が一息入れている時に紗希は声を掛けた。

 陽介はにこっと微笑んで「どうしたの?」と優しく言う。

「あの、迷惑でなければ相談に乗ってくれると……嬉しいのだけれど」

「紗希からの相談? そんなの、乗るに決まってるでしょ? 僕は夫だし、君は奥さんだし……。まあ、それを抜きにしても仕事上のパートナーでもあるからね。大分お世話になってるし、聞くよ」

「ありがとう……。あの、さ。人って簡単に変わっちゃうもの? その、偏見の目とか……」

「……何があったの? 傷つけるようならごめんね。でも大事なことだから、ちゃんと答えてあげたくて。言える範囲でいいから、教えて?」

「家族にね、結婚が知られてしまったのはいいんだけれど、玉の輿だねって言われて、なんか複雑なんだよね。確かに、条件とか飲んで結婚してる時点で、計算みたいなところはあるかもしれないけれど、でも、他人にとやかく言われたりしたくないし、お金のためだけに結婚したみたいな見られ方したくないの。私って、わがまま?」

「……つまり、ご家族に玉の輿と言われて紗希はちょっと混乱した。でも他人にとやかく言われたくない。それにお金のためだけに結婚したという風には見られたくないということだね? で、最後にわがままか知りたいと……」

「……」

 紗希は並べられた言葉を聞いていて、なんだか少しずつ自分が恥ずかしく思えてきた。

 なんだか理由も、実際のところも、また自分の望んでいる答えがあまりにも幼稚で、本当に自分があの白石紗希なのかと問いたくなった。

 白石紗希といえば学生時代から頭が冷静で刃物のような思考だったと噂されるほどだったと自分では記憶しているのだが、その記憶さえも作られたものだったのではないかと思うほど、今の自分はあまりにも弱い。

 陽介と結婚したから? もしそうなら、自分のことを前ほど好きに思えそうになかった。

 後ろ盾を得て、安心しているのと同じだと、紗希は感じたからだ。

 しかし、そんな紗希に陽介は「別にそう思われてもいいんじゃない? わがままかどうかはわからないけれど、まあ、もしわがままでも僕の奥さんでいればある程度わがままでいられるし、いいと思うよ」と楽観的にぽんっと紗希の肩を軽く叩いて笑った。

「……で、でも、そうしたら今まで築いてきたものが……。家族の仲とか、いろいろあるし」

「逆に、そのくらいで崩れるくらいなら、最初からない方がいいんじゃないの? 余分に縛ってくるだけみたいなものだし。あ、もし検討違いなこと言ってたらごめんね。家の事情がちょっとわからないから……」

「……」

 薄情だと、正直紗希はそう思った。

 でも、それが藤堂グループを背負うために生まれて、そう育てられた陽介だからこその言葉なのだと思うと、なんだか少し悲しくも思えてしまう。

「人の目なんていつだって変わるよ。簡単に。何度でも言うけど、そういうものだよ。でもね、いい方にも悪い方にも、どちらにでも転がるんだ。それをどう扱うかは本人次第。紗希は、この偏見の目っていうやつを、どう乗り越える?」

「私は……。気にしないのは、正直出来ない。だけど、出来るだけ、いい方に変わりたいと思う。他人じゃなくて、自分が……」

 他人を変えることが出来ないのは、紗希にはよくわかっていた。それはあらゆるビジネスの場にいたこともあってのことだが、それまでの学校などでの経験からそれは確実なことだった。

 だから、他人を変えることは出来ないから自分が変わるしかないと、そう思うのだ。

「うん。そうだね。他人を変えるなんて、それこそ傲慢みたいなものだよね。紗希がそんな人じゃなくてよかった。あ、でも紗希、ひとつ覚えておいてね」

「え?」

「力で抑えつけることくらいは出来るってことを。だから、僕は紗希が傷つけられそうになったら力を使うし、もし紗希が僕との契約を反故にすることがあっても力を使うかもしれないし……。脅しになっちゃうと思うけれど、良くも悪くも僕は力を持ってるってことで。だから安心してよ。裏切らなければ、僕は君の味方だから」

 普段のにこにことした笑顔でそう言うものだから、紗希は背筋が凍るような気持ちだった。

 底なしの、何かを感じた。

 絶対的な何かを。

 でも、それを今紗希に全力で向けるつもりはないようだ。

「大丈夫大丈夫。何も怖くないよー。僕は怖い人じゃないからね」

 紗希からしたら、十分恐ろしい人ではあったのだが。

 だが、基本的には自分の味方だと思ってもいいはず。

 紗希はそれだけわかればいいやと、最初の悩みがどこかへ消えていったことに気づかずに陽介に「わかった」と、ただそれだけを言って、いつものようにそれぞれ同じ部屋で別々のことをするのだった。

 歩みが近づいたり、遠くなったりと、二人は一緒に歩ける日が来るのだろうか……。


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