私、黒竜王は……いやヴィオラだ。私はヴィオラ、主様から名前をもらった。
ちんけな草花から取ったらしい。
この私の呼称とするには不足しているとは思うが、まあ主様が一番綺麗だと思うものを選んでくれたようだ。
悪い気はしない、私が主様の一番なのだから。
主様と共鳴し、今は主様と共に人の世で暮らしている。
好きに暴れられんのは退屈だが……まあまだマシだ。
迷宮の底で、ただひたすら強者を待ち続けるほど退屈はしていない程度の退屈だ。
私は他の七竜と違って、支配や蹂躙や信仰に興味がない。
戦いたいのだ。
強き者と、ただ純粋に、殺し合いたい。
戦いは良い。
命を触り合うあの感覚は、何にも変え難い。
人は弱い。
脆弱で、虫けらとの差異もそれほどない。
だが稀に、極稀にだが人の中にとてつもなく強力な個体が現れることがある。
かつては探しに出向いたこともあった。
だが、脆弱な人らは私が撫でれば死ぬ。
私が出向いたところで、人を減らすだけだ。
前いた世界では、それで何度か文明を終わらせてしまったこともあった。
減らしてしまうと強者が現れる確率も減ってしまう。
賽は多く振った方が欲しい目は出やすくなる。
だから私は待つことにした。
迷宮を拡げ、より深く、迷宮の底まで私に会いに来れるような強者を待った。
時折、私の元へと人らは現れた。
実際手応えもあったし、第二形態や第三形態はこの頃に生まれた。
本当に極稀にしか現れなかったが、それでも私は待ち続けた。
気の遠くなるような時間、数えるのを止めたのがいつだったのかすら思い出せないくらい待ち続けた。
やがて他の七竜が暴れ散らかしたのか人と揉めすぎたのか、どんな経緯があったのか知らんが。
どうにも勇者だとか聖女だとかいう人らが世界に穴を開けて、七竜の迷宮やら有象無象共の迷宮を次元の狭間へと落とした。
私としては寝耳に水だった。
大方赤や青が調子に乗って人らにちょっかいかけて、紫や緑が悪化させて、黄や白が収集のつかない事態にしたのだろう。
七竜は私以外もれなく気持ちが悪いからな、迫害されて当然だ。私にも同じことが出来たのなら間違いなく次元の狭間とやらにぶち込む。巻き込まれたわけだが納得感はある。
そして暫く次元の狭間とやらを迷宮ごと彷徨って、この地に辿り着いた。
どうにもこの地は日本というらしい。
何処であろうとやることは変わらん。
戦うために強者を待つだけだ。
しかして、別の世界での人らがどんなものかを知るために一度外を見て回っても良いとも思っていた。
少し待っても来ないなら、私から探しに向かおうと考えていた矢先。
迷宮に来訪者。
わりと早く来てくれた、向こうも向こうで興味津々だったみたいだ。
私は待って、待って、わくわくして待って。
やがて、現れた。
私を倒しに、来てくれたんだ。
ここから始まったんだ。
「主様よ、退屈だ」
私は学校の一室でなにやら話している主様へと声をかける。
どうにも、こないだヘビの迷宮を潰したことを祝って簡単な祭りを行うらしい。
その祭りで主様はなんか役割があるようで、他の人らと打ち合わせとやらを行っている。
「ヴィオラ、俺は式典準備で忙しい。退屈なら散歩でもしていろ、物は壊すなよ」
私の言葉に主様はこちらを見ずに返す。
「…………ふんっ、良いわ良いわ! ならば散歩してくるわ!」
主様の態度に不貞腐れながらそう言って、部屋から出る。
まったく主様、良くないぞ。私はもう待っていられないんだ……主様とずっと一緒なら待つ必要がないんだから。
私は不機嫌なまま、廊下を進むと。
「わ! モンスター?」
「誰の戦闘ペット……? 大丈夫なの?」
なんて、小娘どもの雑音が聞こえてくる。
あーまあ確かに第二形態で彷徨くのは良くはない、物を壊すなと言われている。なんかの拍子に加速したら、この建物くらいなら一撫でだ……。
私は適当なタイミングで第五形態へと変化する。
これなら物を壊さない。
「……あ」
廊下を歩き出そうとしたところで、鏡に映った私を見て気づく。
そうか、服を着なくてはならんのか。
……面倒だな。次からは形態変化時に服も作り出さなくてはな。
とりあえず、今回は壁に掛かってた袋に『じゃーじ』とやらが入っていたので着ておくことにする。
私の形態変化は、私の現実改変能力を自身の存在にまで反映させる力だ。
私たちは思いと想いの重さによって事象に影響を及ぼすことが出来る。
そうやって私たちは住処として迷宮を生み出し、迷宮からまた生命を生み出す。
だが、意図的に自分自身へ干渉するのは私ぐらいのものだ。