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第17話  木原さんと小栗くんの場合

 小栗俊介おぐりしゅんすけ木原晴美きはらはるみと順調に交際をすすめていた。お互いの両親とも顔合わせを済ませ、結婚も秒読みとなっていた時だった。ある雨の夜、俊介が車を運転中、居眠り運転の大型トラックに追突され、俊介の車はそのまま前の車に衝突、俊介の足が挟まれ、救出され、すぐに病院に搬送されたが、足を切断するしか方法はなかった。晴美は一大決心をし、しばらく俊介の前から姿を消す。晴美は、看護師の資格を取るため、看護専門学校に入学を決めたのだ。


 俊介が目を覚ましたのは、病院の白い天井を見上げた朝だった。

ベッドの脇では、俊介の両親と友人たちが心配そうに見守っていたが、

そこに晴美の姿はなかった。


「晴美は……?」


尋ねても、誰も答えられなかった。

晴美は、事故の数日後、俊介に何も告げず、姿を消したのだった。


俊介は失意の中、リハビリに取り組み始めた。

義足をつけるために、地道な訓練を続ける毎日。

痛みもあったが、それ以上に心の痛みが彼を苦しめた。


あの笑顔に、もう二度と会えないのか──。

そんな思いが胸に広がっていく。




 一方、晴美は町を離れ、看護専門学校で必死に学んでいた。

俊介のそばに立ち続けるには、ただの恋人ではなく、

本当に彼を支えられる存在になりたかった。


朝から晩まで授業と実習。

厳しい日々だったが、晴美は弱音を吐かなかった。すべては、もう一度、俊介と向き合うためだった。



季節がいくつか巡り──

春の風が柔らかく吹く頃、俊介は義足で歩けるようになっていた。まだぎこちないが、一歩一歩、前へ進んでいた。


そんなある日、病院のリハビリ室に、一人の看護実習生が現れた。

真新しい制服に身を包み、少し緊張した面持ちで立っている。

それが、晴美だった。


「……晴美?」


俊介は思わず声を上げた。

夢かと思った。


晴美は微笑み、そっと頷いた。


「……会いにきたよ。今度は、あなたの隣に立てる私になって。」


その瞳は、揺るぎなかった。俊介はこみあげるものを押さえきれず、ぎこちない足取りで晴美のもとへ歩み寄り、彼女を抱きしめた。


「ありがとう……待ってたよ。」


涙がふたりの頬を伝った。

だけど、それは悲しみの涙じゃなかった。

これからの未来に向かう、温かい涙だった。




晴美は晴れて看護師となり、俊介の支えになった。俊介もリハビリを重ね、自分らしい仕事を見つけて社会復帰した。


そして、桜の咲く春の日。

ふたりは、小さな教会で永遠の愛を誓い合った。


どんな困難も、ふたりで乗り越えていける──

そう確信しながら、ふたりは笑い合った。


幸せは、失われたのではなく、新しい形で、そっと芽吹いていたのだった。





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