目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第27話  山田さんと田中くんの場合

春の午後、東京の小さな公園で桜が満開に咲いていた。大学生の田中翔太たなかしょうた(20歳)は就職活動の面接で失敗し、ベンチに座って落ち込んでいた。


「はあ...また落ちちゃった」


翔太がため息をついていると、突然強い風が吹いて、桜の花びらと一緒に一枚の絵が舞い上がった。


「あ!待って!」


声の主は、イーゼルを抱えて走ってくる女性だった。山田美咲やまだみさき(19歳)、美術大学の学生で、公園でスケッチをしていたのだ。


「すみません、絵が飛んでしまって...」

美咲は息を切らしながら言った。


翔太は立ち上がって絵を拾い、美咲に手渡した。そこには美しい桜の風景が描かれていた。


「すごく上手ですね。まるで写真みたい」


「ありがとうございます」

美咲は頬を赤らめた。

「でも、まだまだです」




それから二人は偶然同じ公園で会うようになった。翔太は就活の合間に、美咲は絵を描きに。


「今日の面接はどうでした?」

美咲が絵筆を止めて聞いた。


「ダメでした。もう20社目です」

翔太は苦笑いした。


「諦めないでください。翔太さんの頑張ってる姿、とても素敵です」


美咲の言葉に、翔太の心は少し軽くなった。


「美咲さんの絵を見てると、僕も頑張ろうって思えるんです」


二人の間に、温かい友情が芽生えていた。




夏が過ぎ、秋になっても翔太の就活は上手くいかなかった。一方、美咲は卒業制作に追われ、二人が会う回数も減っていた。


ある日、翔太は最後の望みをかけた会社からも不採用の通知を受け取った。


「もうダメだ...僕には何の才能もない」


翔太は公園のベンチで頭を抱えていた。そこへ美咲がやってきた。


「翔太さん!」


「美咲さん...」


「聞きました。でも、翔太さんは負けない人です。私が一番よく知ってます」


美咲は翔太の隣に座った。


「僕なんて...」


「違います!」

美咲は強く言った。

「翔太さんは私が落ち込んだ時、いつも励ましてくれました。今度は私の番です」




美咲の励ましを受けて、翔太は違う道を考え始めた。実は子供の頃から絵を描くのが好きだったことを思い出したのだ。


「僕も美咲さんみたいに、絵の勉強をしてみたいんです」


「本当ですか?」

美咲の目が輝いた。


翔太は美術の専門学校に入学を決めた。美咲は翔太の先生役を買って出た。


「最初は基本のデッサンからです」


「はい、先生!」


二人は毎日公園で一緒に絵を描いた。翔太の絵はみるみる上達していった。




桜が再び咲く季節がやってきた。翔太の絵も美咲に認められるほど上手になっていた。


「翔太さん、この一年で本当に上達しましたね」


「美咲さんのおかげです」

翔太は真剣な表情で言った。

「美咲さん...僕、あなたに言いたいことがあります」


美咲の心臓が早鐘を打った。


「僕は...美咲さんが好きです。最初に出会った時から、ずっと」


桜の花びらが二人の周りを舞った。


「私も...私も翔太さんが好きです」

美咲は涙を浮かべて答えた。


二人は静かに抱きしめ合った。




それから5年後。翔太と美咲は結婚し、小さなアトリエを開いていた。翔太はイラストレーターとして、美咲は画家として、それぞれの道を歩んでいた。


「翔太、見て!」美咲が新聞を持ってきた。「あなたの絵が賞を取ったのよ!」


「え?本当?」翔太は信じられない顔をした。


新聞には翔太のイラストと記事が載っていた。


「君と出会えて、本当によかった」翔太は美咲を抱きしめた。


「私も。あの桜の下で運命が変わったのね」


二人は窓から見える桜の木を見つめた。同じ桜の木の下で出会い、告白し、そして今も二人を見守っている。


「これからもずっと一緒だよ」


「ええ、ずっと一緒よ」


桜の花びらが舞い散る中、二人の幸せな笑顔が光っていた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?