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第2話 白髪の少女 ◇

 大陸南部、そこは年中太陽が照り付ける灼熱の地だ。産まれる者は生きて行く為に、肌を黒くする事で光による力を反射する身体を創り上げた。


 しかし南部のある国、位の高い家である少女が産まれる。


 少女の肌は、そこでは異質な真っ白な肌を有していた。端正な顔立ちに、白い絹の様な髪、真紅の瞳は両親とは似ても似つかず、"呪いの子"だと恐れられた。

 家から出る事は許されず、屋敷に居る者達からは『呪い子』だと後ろ指を差され、後から産まれて来た弟妹達には『欠陥品』だと揶揄される。


 少女はひっそりと、淡々と、息をしていた。息をしているだけで死んではいない……そんな生活を送っていた。


 どんな事をすれば自分は生きて行けるのだろう。そんな事を考え自室で本を読み耽る日々。


 自分には何も無かった。

 外で生きて行く力も。外に出て行く勇気さえも。


 何かをしなければ自分はこのままだという強迫観念に近い思考の中、少女は広げた。歪な純白の、勇気という名の翼を。




「寒い……」



 真っ赤になった手を擦り合わせ息を吹きかけ、広場にあるベンチから自分達を守る様に控える山々を白髪の少女は見上げた。


 永久凍土の国イカラム。

 大陸の最北端に位置し、標高八千メートルを誇る"ラムサル山"という自然の要塞に囲まれた国。



「雪がこんなに冷たいだなんて思いもしなかった……」



 故郷とは全く違う気候に、しんしんと雪が降る中、一人ごちる。

 故郷では燦々と太陽が照り付ける。鬱蒼とした植物達に、動物の鳴き声、ジメッとした湿潤な空気。今はそのどれもが見当たらず、嗅いだ事のない空気を名一杯に吸い込み、そして吐いた。


 気道を通る冷たく乾燥した空気に、少女は思わず嘆息する。



「これからどうしよう……」



 出来るだけ遠くに逃げたかった。その一心で此処まで来たは良いものの、此処に来るまでの移動費、食糧費で路銀は全て使い果たしてしまっていた。


 途方も無く、何の目的もなく歩いてみる。

 その華奢な体躯に、純白の腰まで伸びた髪、特徴的な真紅の瞳を持った少女は、歩くだけでも通り掛かる人々が後ろを振り返る程に目立ち容姿が良い。


 不躾な視線には慣れていた。

 此処では自分の容姿も少なからず目立たず、奇異の視線を向けられる事は無かった。

 故郷では道行く人が、後ろ指を差して来た。噂も一人でに歩き、ある筈もない言われを吐き掛けられた。


 今では誰も何も自分の事を知らない。


 少女は一抹の不安を抱きながらも、これからの人生に希望を覚えるのだった。






「この服を売りたいんですが……」

「あぁ? これは南方の国の服装じゃないか?」

「は、はい!」

「イカラムじゃ、こんな服使う人も居ないし……精々100ゴールドぐらいだな」

「……そう、ですか」



 一瞬目を見張った店主に希望を持つが、直ぐにそれは崩れ落ちる。


 数週間、少女は馬車馬の如く働こうと色々な店に行き、色々な仕事をした。


 しかし、少女は働くには向いていなかった。

 その容姿を買われ、接客として採用して貰ったがやった事ない作業をするにあたり、極度の緊張で身体が硬直。文字を書く仕事ならと出来ると考えるものの、身分もハッキリしない者は雇われもされず、体力仕事などこの華奢な身体では戦力にすらならずーー少女は故郷から持って来た最後の持ち物を売りに出していた。


 買取店で最安値で売られていた粗末な服を着て、少女は店から出る。



 寒い。



 既に慣れたと思っていた筈なのに、突き刺す様な寒風が肌を擦り上げ、肩を抱きながら歩き出す。

 手元に残ったのは、残りカスの様な金額だけ。これでは食料を買おうにも買えない値段だった。



(世界って、私にだけイジワルなのかもしれない)



 そんな事を思わずにはいられなかった。

 この世界に産まれ立った時から、不幸の方から此方に歩いて来ているのではないかと疑って来たが、今日を持ってそれは確信に変わる。


 少女は薄暗い通りをフラつきながら、目的地も無く歩き続ける。


 そんな時、目に入るは店仕舞いの最中であるパン屋だった。

 少女は考えるよりも先に手足を動かし、男が店の鍵を閉める直前。



「す、すみません」

「あー、店はもう仕舞いなんだ。明日また来てくれ」



 店主であろう男は振り返らずに告げるが、少女は構わず祈る様に両手を合わせた。



「お願いします……食べ物を恵んで下さい」

「はぁ。なんだ物乞いか……どっか行け」

「これで買えるだけのパンを下さい……腐ってても構いません。お願いします!」



 残った手元の金を全て差し出し、頭を地面に擦り付ける。




「だからーー」



 男が振り返ったのを感じ、そのまま頭を下げ続ける。数秒の沈黙の後に、男は感嘆した様に「ふむ」と声を上げる。



「顔を上げて」



 男の言う通りに顔を上げ、直ぐ近くまで迫る顔に少しドキッとする。何処にでも居る優しそうな小太りの男は、舐める様に自分の身体を観察した。



「そうか……これなら……少し待ってなさい」



 そう呟き、男は店の中へと入って行く。


 それから数十分。幾ら経っても店主は出て来ず、もしかして騙されているのかもしれないと疑い始めた時だった。


 男が5、6個のパンを腕一杯に持って出て来る。



「ほら、廃棄する筈だったもんだよ。これでも食べて元気出しなさい」

「あ、ありがとうございます!! あの……これ」

「お金も要らないよ。頑張ってね」



 男は少女へと笑顔でパンを渡す。

 貰ったパンはホカホカと温かく、小麦の良い匂いが鼻腔をくすぐる。この国に来て、何の対価もない親切に目が潤む。

 ドン底だった地獄に少しだけ光が差した様で、少女は期待を込めた眼差しで男を見上げた。


 もしかしたらーー。



「あの、私を此処で働かせてくれませんか?」



 少女はまた頭を地に付ける。一欠片の希望に賭けて。



「雑用でも何でも良いんです!! お願いします!!」

「……一応こっちも商売でね。雇うのも厳しい状況なんだ」

「給金は……廃棄の、廃棄のパンを一つ頂けるだけで構いません!! だから、お願いします!!」



 大声を上げる少女に、周囲を通り掛かる者達の視線が集まる。そろそろ太陽はラムサル山に隠れてしまう頃、人通りは多い。


 その視線に耐えきれなくなったのか、男は観念したかの様に大きく息を吐いた。



「はぁ。分かったよ。降参だ」



 狙い通り。



「ありがとうございます!!」



 此処に来てから色々な事を学んだ。それは生きて行く為には、それなりのズル賢さが必要だという事だった。






 少女は明日から来る様に言われるとパン屋の店主と別れ、パンを隠しながら安全に食事が出来る場所を探していた。

 半ば無理矢理の就職ではあったが、少女は狙い通りに行った今の状況にほくそ笑む。



(まだ、世界も捨てたものじゃないのかな……)



 人気の無い路地を通り、陰鬱な雰囲気を通りに出る。ここ数週間寝所として使う場所に着き、咳払いをしつつパンを隠す様に蹲る。


 家畜の糞は時間が経つに連れ温かくなる、というのを知っていた少女は糞溜まりの横に陣取る。



(明日も早いし、早く食べて寝よう)



 蹲りながらパンを頬張ろうとして、誰かが近づいて来る気配がして急いで食べるのを止めてパンを隠す事に注力する。


 しかし、そんな努力も呆気なく砕かれる。



「ちょ、ちょっと良いかな?」



 バレているのかと、ゆっくりと顔を上げる。

 そして、その者を見て目を見開いた。



 ーー勇者だ。



 自分の髪の隙間から見え隠れする、純黒と純白の相反した瞳。それは確かに、故郷で自分を元気付けようと何度も読んだ本に出て来る"勇者"と同じ特徴を持った少年だった。


 その少年は何処か申し訳無さそうに、頰を人差し指で掻いた。



「あー………そのパン分けてくれないか?」



 服装を見れば自分の服よりもボロボロな貫頭衣の様な物を着ていた。歳も、多分自分よりは2つ、3つは下だろう。



(こんな子も頑張ってるんだ……でもこれは私が貰って来た……でも明日になればパンは一つ貰えるし……)



「あ……………少しなら」



 葛藤したものの、過去の自分を元気付けてくれた勇者。しかも自分よりも歳下の子が頑張っていると思うと応援したい気持ちが湧き上がり、パンを一つ手渡す。


 これだけしか出来ないが、自分も生きて行く事に必死。



(許してね……)



 心の中で謝り、パンを味わう様にゆっくりと食べて行く。彼も随分お腹が減っていたのか、ドンドンとパンを頬張っている様だった。


 しかし。



「っ!」



 声にならない息遣いが隣からした気配がして横を見れば、先程の子供が糞の中へと飛び込む様にして横たわっていた。


 名を上げる者は、何れも天才か変人。彼は後者の類だったのだと落胆していると、異変に気付く。



(身体が……!?)



 痺れる様な感覚に襲われ、そのままうつ伏せの態勢で横になる。すると、近くから男が出て来た。



(あぁ、こんな運の良い事がある訳無かったんだ)



 上げて落とされる。自分に幸運など無いのだと、改めて実感する。


 せめて、せめてーー。


 誰かに、一人でも良い。求められる存在になりたかった。

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