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第11話 馬車、山中で

 長い階段を登り、外へ出る。

 久しぶりの外は真っ暗で、先程まで温かい場所に居た所為か、余計に寒く感じた。


 周囲を確認すれば見た事もない場所で、恐らく綺麗な建物が多くある事から、スラムとは反対の位置にある所なのだろうと予想がついた。

 そして目の前には、スラム近くには見られなかった様な高級そうな馬車が二つ置かれている。数匹の馬の近くに居た御者らしき者が二人と、武器や防具を携えた物が数人此方を向いて姿勢を正す。



「これから家に帰るでゅふ。一号は、僕とこのモノ達と一緒に前の馬車に乗るでゅふ。護衛達は馬に乗って周囲の確認をして欲しいでゅふ」

「「「ハッ! スブデ様ッ!!」」」



 スブデと呼ばれる男の指示に、御者と護衛は敬礼を掲げる。

 洗練された動きに、不満の無さそうな表情。即席の護衛などではない事を表していた。


 アレクとツクヨはスブデに運ばれて、馬車へと入る。

 その後ろから、先ほどカバンを持って来たメイドが続く。一号と呼ばれるそのメイドの容姿は素晴らしく、薄ピンクの霧雨の様な髪がフワッと棚引いていた。身長は女性としては平均的で、胸の大きさもそれほどではないが、どこか都会の女性の雰囲気を漂わせていた。



「一号、僕の手を治すでゅふ」


(この色のオーラは治癒の魔法なのか……)



 新たな情報を得ながら、ツクヨと共にスブデの正面の座席へ座らせられる。後ろから着いてきた一号と呼ばれるメイドは桃色のオーラを纏っていた。



「傷よ、元の身体へと、再生せよ……」



 一号がスブデの手に両手を翳し、治癒魔法を掛けて貰い、馬車はゆっくりと走り出す。

 少しの沈黙が降り、馬車の車輪の音だけが鳴り響く中、スブデはずっとツクヨを見据えていた。



「な、名前はなんて言うでゅふ?」

「え……」

「い、いや、何て呼べば分からないでゅふから! ちょっと聞いてみただけでゅふ!!」



 ーーこの焦り様、もしや。



「……ツクヨ」



 ツクヨは嫌そうな顔を隠そうともせず告げる。



「ツクヨ! ツクヨでゅふか! 良い名前でゅふ!!」



 しかしスブデは、嬉しそうに顎肉を揺らした。


 最初に見たツクヨは近くで見れば容姿が良いと分かるものの、白髪の髪は黒く煤れており、遠目では綺麗とは言えないものだった。

 しかし、身体を綺麗にして服装を整えた彼女はこの世のモノとは思えない、神の手によって詳細までに作られた作品なのではないかと思う程の容姿をしていた。


 惚れるのも、仕方がないと言える。



「俺の名前は聞かなくても良いのか?」

「貴様! スブデ様に!!」



 嫌味ったらしく言うと、メイドが飛び掛かろうとしてくるがスブデがそれを遮った。



「一号、落ち着くでゅふ。流石に傷でも付けたら可哀想でゅふ」

「……は」



 ーーツクヨの様子をチラチラと伺いながら言っても説得力は無いが。



「それに、この『魔王』を見せ物にすれば良い商売になる筈でゅふ。これでお父様に怒られないで済むでゅふ」



 先程此方が攻撃したにも関わらず、反撃しなかったのは『見せ物』として傷が出来るのは不味いと考えたからか。


 アレクは鼻で笑う。



「人を見せ物にするなんて、終わってるな」

「……最低限言葉遣いは守って貰うでゅふ。命令でゅふ。『僕を敬う』でゅふ」



 ーースブデの言葉が、脳の奥底まで語り掛けて来る。脳が直接的に痺れる感覚から、意識が飛ばされそうになる。



「はい……スブデ様……」



 命令に降ったのか、ツクヨが虚ろな赤眼で告げる。

 意識を飛ばさないよう、頰の肉を少し噛みちぎり意識を保つ。鉄錆の味が口内を支配するが、この男を敬うのと比べるなら天と地だった。



「……これはやはり『魔王』という事なんでゅふかね。命令が効きにくいでゅふ……まぁ、ツクヨちゃんが効いてくれるなら良いでゅふ! ツクヨちゃん! 隣に座るでゅふ!!」



 頭の中が徐々に侵食されて行ってる感覚がある。この感覚に身を委ねれば楽になれる、むしろ気持ち良くなれるとでも思いもする。


 このメイドも命令されたのだろうと、予想が付いた。


 しかし、アレクは耐えた。目的を達成する為に。此処から脱出する為に。目の前で機嫌よく顎肉を揺らす豚を見据えて。



 ~~~



 数時間が経ち、窓の外を見れば未だに暗い銀雪の山道を通っていた。シンシンと降り頻る雪に、馬者の横を並走するように馬で駆っている護衛の頭には雪が降り積もっている。


 スブデは欠伸を噛み殺した。



「……少し休憩するでゅふ」

「はっ、食事はどうしましょう?」

「出来次第持ってくるでゅふ。僕はそれまで寝るでゅふ」



 スデブはメイドに命令すると目を閉じる。メイドは外に出て、御者や護衛達に伝える為か一度外に出た。

 アレクはなんとか命令に耐え切り、目の前の光景を見て少し安堵する。


 ガイの情報によれば、その者と長く時間を共にしている者でなければ、この命令は主人の意識状態により効果が薄まるらしい。

 つまり、自分らが此処から抜け出すのは今しかない。


 未だに虚ろな目をしているものの、アレクはツクヨへと近づき耳打ちする。



「ツクヨ、俺が離れて少ししたらお前も来い」

「……え?」



 内心、舌打ちする。弱まっているとは言えまだスブデは眠ったばかり、意識がまだハッキリしてないのだろう。


 アレクは無理矢理にツクヨの意識を覚醒する為に、少しずつツクヨの指を捻りあげる。



「痛、い……あれ? 私……」

「ツクヨ、俺が分かるか?」

「あ……」



 意識は覚醒したが、まだ混乱しているツクヨにアレクは告げる。



「あのメイドが来たら俺は席を立つ。10分……いや、20分したらお前も『トイレに行きたい』とでも言って外に出て来い。森の中でだ。そしてそこで俺が行くまでなるべく時間を稼げ。良いな?」

「う、うん」



 ツクヨが頷くのを見て、急いで席へと戻る。同時に外からメイドが戻って来る。



「? 何か話してたか?」

「いや……それよりも食事なんだよな? 俺らの分も用意させるのか?」

「安心しろ。お前らの分も用意される。スブデ様に感謝するんだな」



 それは死んでも嫌な事だが、今はどうでも良い。



「だとしたら不味いな……」

「なんだと?」

「実は俺って偏食で、此処らへんに生えてる『マッスルダケ』というキノコが入ってないと食べれないんだ」

「はあ? ま、まっする? なんだそれは? 毒鼠の奴等からは聞いてないぞ?」

「いや、まぁ、こんなデメリット言う訳ないよな」



 テキトーに嘘をでっちあげる。

 するとメイドは口を噤み、スブデにチラッと視線を送る。スブデは既に気持ちが良さそうに寝息を立てている。



「……分かった。護衛の一人に見た目を教えてくれ。採取して来て貰う」

「いや、実はマッスルダケはある毒キノコと見た目が酷似していて判別が難しいんだ」

「………ならお前にも採取に付き合って貰う、が変な真似は起こすなよ? 此処で逃げようとしてもその拘束と服装では、逃げ切る事は出来ないぞ」



 未だに手錠と足枷は付いたまま。

 自分の服装は貫頭衣からお洒落な革の服へと進化はしたものの、防寒に関してはこの極寒の中だとほぼ変わりはせず、逃げ切ろうとしても街に着くまでに凍死してしまう。



「分かってるよ、そんぐらい」



 アレクは肩を竦め、メイドと共に護衛達の元へ行った。そして一人の護衛と共に森の中へと足を踏み入れる。



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