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第10話 契約と頼み

 中は豪華そうな家具が取り揃えられていた。しかし、調和が取れていてケバケバしく無い内装で、居心地が良さそうだった。



(アイツが居なければ……)



 真ん中のソファに居る男を見て反射的に目を細める。その男は、アレク達を気味の悪いニヤけ顔で見ていた。



「でゅふッ! やっと手に入るでゅふッ!!」



 「でゅふ」という気持ちの悪い語尾、幾重にも重なる顎肉、仮面や服で隠れている所以外には滝の様な汗が流れ落ち、金髪の髪はベタベタに光っている。部屋には汗の臭いなのか、加齢臭なのか、鼻につく酸っぱい臭いが漂っていた。


 そしてその横には、仮面をして頭からフードを被った者が立っている。受け渡し人と言った所だろうか。


 顔を背けたくなる状況であるが、"今"此処で機嫌を損ねてしまうのはマズいだろうと、両の眼でしっかりと男達を見据える。



「……ふ、ふッ! ただ目の色が違うだけで魔王なんてチャンチャラ可笑しいでゅふ!!」

「テメェッ!!お客様になんて態度取ってやがる!!」



 しかし、その態度が気に食わなかったのか機嫌を損ね、男からの平手打ちによる衝撃を受ける。


 同時に、聞き覚えのある声にアレクは眉間に皺を寄せた。



「何でお前が此処に居る」

「あぁ? そんなの、俺がお前達を捕まえたからに決まってんだろぉ? 支払金を受け取りに来たんだよ」



 タインだった。

 タインは愉快そうに口角を上げた後、直ぐに表情を整え、ソファに座る男に頭を下げた。



「お客様、申し訳ありません。自分の躾がなっていなかったばかりに」

「ふん! 気にしてないでゅふ!! だが、コイツらは僕が買ったモノでゅふ! 手荒な真似はしないで貰うでゅふ!!」

「はっ! 寛大な心! 感謝します!」



 男はタインの事をあしらう様に手を払うと、下卑た視線をツクヨへ向け、舐め回す様に隅々を観察する。


 顔を赤めたり、流れ落ちる涎を啜ったりで忙しそうだ。



「うぅ……」



 ツクヨが呻き声を上げアレクの背後に隠れるのを見て、男は「でゅふ……!!」と強くアレクを睨む。



「それではお客様! そろそろ支払金の方を……」

「でゅッ! そ、それもそうでゅふ!」



 また一悶着起きそうになった所、タインはアレクと男の間に割って入る。


 助けて貰えた、というよりも早く金が欲しいといった所だろう。


 タインの言葉に男が手を二回叩くと、アレク達が出て来た入口とは逆の方からメイド服を着た者が大きな鞄を持って現れた。



「全部で50億あるでゅふ。もう50億は後で店の方から送るでゅふ」

「原則この場でのお支払いになるのですが……」

「それは原則でゅふ!! 絶対にダメだという訳ではないでゅふ! これでコレらは僕のモノでゅふ!」



 男はツクヨの手を無理矢理に掴み引き寄せようとする。


 ーーが、その引き寄せようとする男の手に手錠を付けられたままアレクは両手で手刀を繰り出す。


 力は、無い。しかし、手錠の硬さを利用した手刀は、力が無くとも男の手首から薪を割ったかの様な音を響かせた。



「ぐわぁぁああッ!!?」

「嫌がってるだろ、止めろ」

「お、お客様!!」



 手を抑えて跪く男にタインが駆け寄る。

 自分のやってしまった事に思わず頭を抱える。



(ついやってしまった。まぁ、後悔は………してなくもないが、しょうがないな。今のは)



 無理矢理に自分を納得させていると、男は涙目でアレクを睨み付けた。



「でゅ……でゅふッ! 早く『契約』を!!」

「は、はい!」



 タインの胸元から紙とペンを取り出して、男へと手渡した。

 豪快にペンを走らせると同時、何か力が抜ける様な感覚と共に男が此方を見てニヤリと笑う。



「め、命令でゅふ。『僕に手を出すな』でゅふ」

「ッ!!」



 身体に痛みが走り、身体が硬直する。身体を動かそうとするとガツンと頭痛が襲った。


 隣を見ればツクヨも同じ様で、痛そうに顔を顰めている。


 アレクはメイドに足を引かれ、ツクヨは丁寧に男にお姫様抱っこで部屋から出る。

 こんな事がまたあるとはと、嘆きながら思う。



(これが……『契約』か)



 アレクはオークション前の清掃室での事を思い出す。



 ~~~



 狭く、暗い一室。

 アレクは頭から水を被せられ、粗い素材で使われた布を強く擦られる。雪道で擦れた肌にやられるそれに、涙を堪えながらも口を開いた。



「ガイ」

「……何だ」

「俺とツクヨを一緒に売って貰う事は出来ないか?」



 ザパァッとまたバケツの水を被せられる。



「俺にメリットが無い」

「恐らく、俺とツクヨなら高値が付く。それこそ予想も出来ない様な金額が、それでもか?」



 聞くが、ガイは首を横に振った。



「だとしても、それでメリットがあるのは組織とタインぐらいだ」

「タインもか?」

「お前らを捕まえたのはアイツだ。お前らの売却金の一部が貰える筈だ。頼むならアイツに頼むんだったな」

「……タインは、ダメだ」



 少し考え、返答する。


 短い間ではあるが、タインという人物の人となりは理解していた。短絡的で激情家、それに加えて口が軽く、欲望に忠実。信用する事など出来る筈もない。



「だからって俺に頼むか?」

「ガイは此処で結構な古株なんだろ? 融通は効く筈だ」



 ガイは鼻で笑うと、ゴシゴシと強くアレクの背中を洗う。



「……お前をもう一度兵士として雇わせる様にしてやると言ってもか?」

「……兵士、ね。興味ねぇな」



 少しの沈黙に何らかの引っ掛かりはあったのだと、アレクはまた少し間を置いて問い掛ける。



「なら、もう一度マトモに剣が振れるようになれると言ったら?」

「…………何でそれを引き合いに出した?」



 兵士と関係のある事と言えばコレだろう。怪我で引退したとなれば、後ろ髪を引かれる思いだろうと引き合いに出してみたが、どうやら正解だったみたいだ。



「さっき手にある豆が見えた。そんな手は、毎日剣を振って無ければならないと知っているからな」



 アレクは笑う。

 前世嫌と言うほどに関わった、頂点を目指す者達。そんな中で一番の剣の使い手と言われた『剣王』。アイツとはよく研鑽し合い、朝まで飲み明かしたものだ。



「怪我をして一線を退いて尚、剣を振り続ける。まともに剣は振れない筈なのに、何がお前を剣を振らせる?」

「………別に。それはお前に言う必要は無いだろ」



 背後から、何処か傷に一層沁みるような声音が聞こえて来る。


 藪蛇だったかと、押し黙っていると背中の布が擦れるのを止める。



「本当に、剣がマトモに振れるようになんのか?」

「約束は守る。俺は、恩は必ず返す」



 振り向くと、ガイは目を細めてアレクを見ていた。


 見定めている、アレクは直感的にそう感じ、余裕を感じさせる笑みを溢してガイに視線を返した。



「ハッ……『魔王』とは言え、こんなガキに対して俺は何期待してんだか」

「つまり、俺の頼みは聞き入れてくれないと?」

「…………いや、此処での生活も飽き飽きして来た所だーー請け負うぜ。別にそれぐらいやっても、ミズネ様に謹慎を言い渡されるぐらいだろ。それぐらいの賭け金で、マトモに剣が振れるようになる可能性があるなら、悪くない」

「決まりだな」



 最後にもう一度頭から水を被せられ、アレクとガイは握手を交わす。



「それで? お前が俺にマトモに剣を振らせる事は出来るのか?」



 ガイは怪訝に眉を吊り上げた。これからアレクは商品として売りに出される。それなのに、自分に剣を振らせる事など出来るのだろうかと不安に思うのは当然だろう。


 しかし、それにアレクは獰猛に歯を見せ嗤う。



「俺に、出来ないとでも?」



 それを見て、ガイは何度目か分からない……渇いた喉に生唾を飲み込んだ。


 根拠は無い。

 しかし、先程のタインに見せた態度と同様な威圧に自然と身体が震えた。



「まぁ、分からない事だらけではあるから色々教えて貰いたい事はあるがな」

「あ、あぁ、分かった」



 ガイにも、それなりの腕っ節による自信はあった。だが、この堂々とした子供の態度、そしてそれが『魔王』という存在という事も相まり、何処か戸惑いを隠せなかった。

 ガイはこれからの流れ・『契約』等の話をアレクへと教えるのだった。

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