辺りを包む熱気が全身へと伝わって来る。自分を『魔王』だと認める全ての者が、何らかの欲望を満たしたいという視線をアレク達へと投げ掛けて来ていた。
(好奇心や少し畏怖が混じった視線だ)
アレクは周囲を見渡し、そう認識する。
大の大人達が揃いも揃って立ち上がり、盛り上がる。隣に居るツクヨは怯えるかのように少し身体を震わせていた。
そんな会場の中、アレクだけは冷静に周囲を隈なく観察していた。
(此処に居る奴等、全員が魔法使いか)
アレクの視界には赤、青、緑、茶の色をしたオーラが会場を埋め尽くしていた。中には他の色もあったが、形や大きさまでマチマチで、四色以外の色をした物は決まって極小なオーラしか放っていなかった。
そのあまりの光景に腹の底から何か湧き上がって来る感覚がして、アレクは思わず頭を振った。
「さてさて! 102番さん、5000万ゴールド!! おーっと!? 82番さんは6000万ゴールドだぁッ!! ドンドン歴代最高記録を更新しています!!」
そんなアレクなどお構い無しに、アレク達の値段は釣り上がって行く。値段が上がる毎に、声を出す者は少なくなり、最終的には二人の勝負になっていた。
一人はミズネよりも数倍の肥え太りを見せる、今まで風呂にでも入って来たのかと疑われる程の滝の様な汗を掻いた大男だった。目元には赤い仮面を、指や首には金ピカな装飾品が付けられている。
(典型的な成金、とーー)
視線をズラし、それを見たアレクは自然と目を細めた。
此処には似合ってないと言える麻の服を着た男ーー。髪色は暗い黒紫で、付けている白い仮面の奥から差す様な視線が送られて来ている。
殺気とは違う。欲望に左右されるモノとは違った意志の強さが見て取れた。
ハッキリ言えば、仮面に付いている星の装飾が少し目立つくらいで、それ以外、外見には特徴がない。
ただーー。
(紫のオーラ、しかもオーラも……)
青年はこの会場で唯一それなりの大きさのオーラで、四色以外の色のを持った者だった。
「44番さん!! 100億!!? 100億ゴールドです!!! 」
そう言われて数秒、紫のオーラを出していた者は苦虫を噛み潰したように番号札を下げた。勝ったのは、肥え太った大男だった。
アレクは紫色のオーラを持つ男に視線を向けながら、此処のオークション歴代最高額の売値を付けられて、ステージ脇へとはけて行くのだった。
◇
「おい、これはどういう事だ?」
オークションが終わり、ミズネは会場の上の方にあるVIP席で、後方に控える二人へと問い掛ける。そこに居るのは仁王立ちしたガイ、そして俯いてバツが悪そうにしている進行役の男だった。
「あの、えっと……」
「急な予定変更……お客様が機嫌を損ねて此処を公にされたらどうするつもりだったんだ!! おいッ!!」
横に置いてあるサイドテーブルに拳を強く叩き付け、その勢いでテーブルに置いてあった赤ワインが、高級絨毯へと染み込んだ。
「申し訳ありません。やったのは自分です」
「……ガイ。お前が何でまた……」
呆れ、言葉が出ない。
「……セット商品にした方が盛り上がるだろうと思いまして」
最もであろう言葉にミズネは一考した。しかし眉間に深く皺を作ったまま、ミズネはガイを強く睨んだ。
「確かに。実際盛り上がったし、歴代最高額が出た。それでも私に一言言う事は出来なかったのか? 私にも面子というモノがあるんだが?」
「……申し訳ありません」
「三ヶ月の謹慎を言い渡す。頭を冷やすんだな」
ガイが深く頭を下げると、進行役も慌てて頭を下げ、VIP席から出て行く。
二人が出た後、ミズネは大きく息を吐いて椅子の背もたれに深く寄り掛かった。
ガイはこの『毒鼠』という組織に置いて古株と言ってもいい程の者だ。自身の立ち位置を理解し、元兵士として腕っ節もある事ながら、部下からの信頼も厚い。それなのにーー。
「クソッ!!」
ミズネは吐き捨てるかのように叫んだ。
頭には『魔王』相手に、少し遜った態度を取った自分が思い出される。その所為で部下達には反抗的な態度を取られているのかもしれない。
「もっと部下に対しての接し方を考えなければな……」
近々、
「はぁ………もう分からん。どうにでもなれ」
事態は表向きには良い方へ進んでいるように見える。しかし、何もかもが上手く行っていない。
全てがチグハグのまま、ミズネは天井を煽るように見上げる。見えるのはVIP席ならではの豪華なシャンデリア。キラキラと光り輝くそれに、ミズネは煩わしさを感じつつ目を閉じるのだった。
◇
オークションが終わり、アレク達はある部屋へと連れて行かれた。殺風景なその部屋には何人もの子供が居て、誰もが死んだ魚の様な目をしながら縦一列に並んでいた。
先にある部屋の入り口はカーテンで仕切られており、その奥からは数人の話し声が聞こえて来る。
(アソコを通ればめでたく『地獄行き』ってか……ふぅ)
何の会話も無く、「入れ」という声を合図に前に居る子供達が前進して行く。これからの人生を諦念してか、足取りは重かった。
それから数十分。前に居る子供が全て居なくなりアレク達の番。
「入れ」
外に居る男に呼ばれ、一歩足を踏み入れる瞬間。ギュッと握られる手に、アレクは振り向く。
俯きがちな顔、憂いを帯びた視線、口角が下げられたツクヨが、そこには居た。何を言わずとも言いたい事が伝わって来るようで、アレクは優しく微笑みを返した。
「ーー大丈夫だ。俺が必ず守ってやるから」
そう言い、アレクは優しくツクヨの手を引いた。まだ震えている手を強く握り、アレクはカーテンを潜った。