「おい、起きろ」
ガイに言われた言葉はただ淡々とした口調で、昨日熟睡出来たのか直ぐに起きる事が出来た。
「ほら、出て来い」
アレクと共にツクヨも起き上がると、タインが鍵を開けた扉から檻の外へ出る。アレクの前にガイが、ツクヨの背後にタインが構える。逃げ出そうとしても直ぐに対応出来るようにだろう。
「で? これから俺達はどうすれば良いんだ?」
「なんだ? 今日は随分素直じゃねぇか?」
「……これからお前は観衆の元に出される。その前の清掃をしないといけない」
清掃、つまりは身体を綺麗にしないといけないという事。自分らが商品という事が改めて実感する言葉。長年こんな事をしてれば、こんな言葉遣いになるのも納得は出来る。
しかしアレクは、それに分かりやすく眉間に皺を寄せた。
「……ツクヨの奴は誰が綺麗にするんだ?」
アレクの前を歩いていたガイは、アレクの表情を見て思わず息を呑んだ。
確かに、ただの縄で拘束された浮浪児である筈なのに……まるで、王族を相手にしているかの様な風格がアレクからは滲み出ていた。
それは前世の『武王』から来る気迫、幾千もの闘いをして来たからこそのモノで、ガイが恐れを持つのも仕方のない事ではあった。
「そ、それは……」
「あぁ? そんなの俺に決まってんだろ? へへッ!」
次の言葉を出すのに躊躇っていると、最後尾のタインが機嫌が良さそうに話す。
「別の奴にしろ」
「……はぁ? お前何言ってんだ? お前は売られる商品だ。商品如きが俺に口ごたえしようってのか? おい?」
アレクの眉間の皺が深くなって行く。それを見たガイは訝しげに口を開いた。
「タイン……止めろ」
「はぁ!? お前がコイツの味方になるのかよ!?」
「違う。俺はミズネ様の命令を遂行しろと言ってんだ。『丁重に』そう対応しろと言われただろ」
「で、でもよぉ!!?」
「タイン」
タインは少しの間、ガイを睨むように視線を送る。しかし、ガイの真っ直ぐな視線にどこか後ろめたさを感じたのか、大きく舌打ちをした。
「つまんねぇッ!!」
タインはそう言うと、ヅカヅカと三人を追い越し先頭に歩み出る。
「そいつには女の奴が……洗浄を行う。いいな?」
「助かる」
女性が担当するからと言って安心は出来ないが、タインよりはマシだろう。
「あの、ありがと」
アレクはツクヨに笑顔で「良いって」と言って接しながらも、二人の様子を観察していた。
(それなりに要求は通るな……)
今日、自分達は商品として売りに出される。何人もの子供がいる中で、恐らく、恐らくだが、自分達は目玉商品になる事が予想出来た。
(これならーー)
アレクは自分の考えを悟られないよう表情筋をコントロールしながら、ツクヨと共にそれぞれ清掃室へと連れて行かれるのだった。
そして、アレクはガイにある提案を持ち掛けるーー。
◇
(いつもと何ら変わりはしなかったな)
ゼランは、次々とステージへと出て来る子供に気怠げな視線を送っていた。
変態貴族達が、子供達に金を掛ける。
汚い大人達の野太い声、甲高い声が耳を汚し、子供が怯えた表情で周りを取り囲む大人達に軽蔑したかのような視線を送る。
この非日常感が、途轍もなく気分が悪くさせて来る。
ゼランが此処に来ているのは、戦争の道具を手に入れに来た為。自分の、自国の命運を賭けて此処に来ている。
自身の欲を満たそうとしている者達と、ゼランの気持ちは比べようがない。むしろ、比べてはならないモノだった。
「はい! これから大物と超大物ですよ~ッ!! 大物は謎の白髪美少……はえ? あ、申し訳ありません!! 少々お待ち下さい!!」
ステージ上に居る進行役の男が続けてオークションをしようとすると、ステージ脇から男が出て来て耳打ちをされる。素っ頓狂な声を出し、脇にはけて行く進行役に客がザワザワと騒ぎ出すが、直ぐに進行役はもう一人のガタイの良い男を連れて顔を出した。
何かあったのだろうかと、ゼランは目を眇める。
「ちょっと、ガイさん良いんですか?」
「あぁ、責任は俺が持つ。お前なら上手く出来るだろう?」
「それはそうですが……はぁ。ガイさんが言うなら従うしかないですね。もうどうにでもなっちまえ!!」
進行役は参ったかの様に両手を勢いよく上げ、客達の方を向いた。
「皆様! 申し訳ありません! 商品について、少々変更がありまして……次の商品は最後の商品とセットで出したいと思います」
突然の変更に客達が声を荒げる。
こんな事が起きるなんて、三年間ありはしなかった。つまり、異常事態である。
此処に来る者……その中でも特別な上流階級の者となると、どんな奴隷がどの順番で出されるなど把握する為に賄賂を渡して情報を得ている。それを踏まえて、コイツにはこれぐらいまで出して良い等と目星を付けているのだ。
これでは、今まで金を掛けてきたのが無駄になったと等しい。
「どうなっているんだ」と抗議の声が上がる中、進行役は両手を上げ下げし、客を落ち着かせるよう誘導した。
「勿論! セットになる為、初めの価格は高くなりますがね? 今日のビック商品は今までのセット商品とは格が違います!! 恐らく!! いや、絶対に!! お客様が喜ぶ事間違いなし!!」
「それなら、」と客の声が周囲から聞こえて来る。同時に、進行役が大きく手を叩き注目を集めた。
「さて、それでは……最後の商品となります。普段なら最後を飾るであろう、白髪赤眼の美少女!!」
ステージ脇から出て来るは、この世に存在しているのかさえ怪しい、人形と言われても信じられるかの様な容姿をした少女だった。純白のワンピースに白髪の髪、それに赤眼が見え隠れし、目が自然と惹かれる。
しかし、痛々しいとも言える鉄製の手錠、走れない程の長さで繋がれた足枷が現実だと訴え掛けてくる。
歳は12、3歳だろう。
これに、地響きの様なド変態どもの歓声が響き渡り、ゼランは思わず顔を顰めた。
彼方此方から、自分の手札を上げて金額を言って行く不気味な笑みを浮かべた貴族達。それに進行役はニヤリと笑った。
「ふふっ! 盛り上がって参りました~ッ!! さて皆さん!! お待ちかねだと思われます!! これよりも大物! 超大物! 見たくありませんか~???」
煽る進行役に、客達はノリ良く反応する。
「何世紀も前から『魔法』は人類の生活において当たり前の様に使われる存在でした。だからこそそれは"天災"だったーーあらゆる生物から繰り出される魔法をその眼で瞬時に理解・崩壊させる力を持つそれは、暴虐の限りを尽くし、人類を滅亡の寸前まで追い詰めたッ! 人類に於いて、最悪の存在『魔王』の登場です」
進行役が行儀良くお辞儀をし、ステージ脇から俯いた黒髪の少年が中央に向かってゆっくりと歩いて来る。服装は真っ黒な革の服。子供には上等過ぎるとも感じるが、威風堂々と歩いて来る姿の所為か違和感は感じない。
しかし会場は、先程白髪の少女が出た時と比べると静寂と言っていい程静まり返っていた。
それは魔王と呼ばれた所為か、客の反応は何処かイマイチで、ただ皆、息を呑んで少年の様子を見守った。
少年は少女よりも少し前に立つと、顔を上げた。
そこには魔王の象徴とも言えるオッドアイが存在し、同時に先程よりも倍以上の地響きが会場を包んだ。