「だからそんなことはないと言っている!」
「こちらは証拠も提示しているぞ」
ミスリル王国外務大臣を務めるヴァンデル伯に、ロルバンディア大公国外務大臣、テラル・ジュベールは淡々と事実を指摘した。
「突っぱねるにも限度も限界もある。ヴァンデル伯、あなたはこれを見てもなお白を切るというのか?」
通信ディスプレイには、旧ロルバンディア大公国軍の宇宙戦艦の画像と、エルネストがそこで談笑しているシーンや、彼の部下である提督たちのリストと画像までが写されていた。
「これは一体?」
「貴国には航行不可能領域があるとはいえ、鎖国をしているわけではあるまい。あいにくだが我が国には優秀な諜報員が揃っている。彼らが本気を出せばこの程度の情報はすぐに入手できる」
「なんだと?」
「そういえば、あなたはまた新しく愛人を作ったらしいな。お盛んなようでうらやましいものだ」
あからさまに棒読みで小ばかにしながら、ジュベールはヴァンデル伯に向けてそう言った。
「だからといってこれは貴国が捏造したかもしれない」
「であれば、反証が必要ではないか? 我々の提示した情報が嘘であれば、それが嘘であるという根拠を述べるべきだ。我々は事実であることを提示した。その上で貴国が違うというならば、相応の反証をするべきだろう。違うか?」
「なんだその口調は! 平民のくせに生意気だぞ!」
伯爵であるヴァンデル伯は、外務大臣でありながら平民であるジュベールに指摘するが、ジュベールは苦笑しながら口ひげを撫で始めた。
「それと今回の件が一体の因果があるのかね。貴国では、貴族であればどんなことをしても犯罪にはならない野蛮な国ということかな? それとも、あなたのよりどころは爵位だけしかないのですかな?」
「黙れ!」
「それは、あなたの意志か? それともミスリル王より外務大臣に任命された立場として言っているのか?」
口ひげを撫でながら、ジュベールは冷静なままにヴァンデル伯を追い込んでいく。
「我々外交官にとって、言葉というのはそれ自体が盾でもあり剣でもある。その気になれば、国交を断絶し、戦争を起こすこともできる。あなたのその態度は、私は無論のこと、私を外務大臣として任命した我が主君、マクベス・ディル・アウルス大公殿下に対しての発言と受けるべきなのかな?」
口調は落ち着いているが、言い回しは明らかに敵意と威嚇、それ以上に怒りが込められていた。
「口の使い方に注意しないと、それこそ戦争になるかもしれませんぞ。まあ、私はそうなっても一向にかまいませんがね」
大げさに両腕を広げるジュベールとは対照的に、ヴァンデル伯は明らかに歯噛みしていた。
「とりあえず、一週間以内に国賊であるエルネストを早急に生きたまま引き渡しを要求する。それができなかった場合、わが国は貴国に宣戦布告をする」
「何?」
「我々は遊びで話し合いをするほど暇ではない。貴国と違って、途中で止まることなくわが国の時間は未来へと進んでいく。一週間以内、一秒たりとも遅れた場合は最後通牒を無視したということで宣戦布告を行う。それでは、失礼させていただくよ」
一方的に通信を切り、ジュベールは椅子から立ち上がると背後にいた若き主君に肩を叩かれる。
「よく言ってくれたな。流石はジュベールだ」
「宣戦布告の序文としてはこんなものでしょうな」
一仕事終えたジュベールに、アウルス自ら水入りのコップを手渡した。
「ありがとうございます」
「気にするな。それより、奴らは要求を呑むかな?」
「呑まないでしょうね、知らぬ存ぜぬを繰り返せばいいと思っているのでしょう」
主君の問いにジュベールは即答する。
「エルネストの引き渡しを行うぐらいならば、匿う必要がありません。奴は、帝国公認の大罪人ですから」
エルネストはロルバンディア大公国を滅亡へと追いやり、マクベスや現在のロルバンディア、そしてブリックスやアヴァールすら公式に罪人として認定されている。
その結果帝国からも大罪人とされているので、帝国に属する枢軸国でエルネストは極悪人として認知されている。
「あんな阿呆を匿うなど、つくづくミスリル王は愚かなのでしょう」
ジュベールは水を飲みながらそう言うと、主君の傍にいる時期大公妃の顔が曇る。
すかさず、盟友であるジョルダンがジュベールの足を蹴った。
「……ただ、見る目がないからこそ、我らが主君にふさわしいお方と婚約ができたのですから、
ジョルダンに再び足を蹴られ、ジュベールはとっさに慶事を喜ぶことでごまかそうとしたが、主君の顔は明らかに不機嫌だった。
ジュベールは毒舌で皮肉屋であるが、それゆえに味方に対しても誤射をしてしまうことがある。
それがこの頭脳明晰な彼の唯一の弱点であった。
「ゴホン、ともかくとしてこれでミスリル王国に動きを限定させることができましたな」
ジョルダンがとっさに場の空気を変えようとし、アウルスとアイリスの顔色も変わっていった。
「次の手段だが、アイリス……アイリス嬢はどう思う?」
自分の婚約を受け入れてくれたアイリスに、若きロルバンディア大公は気遣いながらそう言った。
「そうですね、大きく分けて三つの事態が想定されます」
「というと?」
アイリスは指を出し、アウルス達に持論を語り始める。
「まずは一つ、ジュベール卿がおっしゃられた通りにエルネストの引き渡しに応じない。元々アレックス王はエルネストと、個人的に親しい関係にありました。ですので、まず引き渡しに応じることはないでしょう」
「阿呆同士はくっつきたがるのですな」
ジュベールはまた毒を吐くが、ジョルダンに肘で突かれる。
それをアイリスは微笑ましく思ったが、話を続ける。
「万が一として、エルネストを引き渡してくることです。可能性は限りなく低いですが、正直これが一番我々にとって望むべき展開です」
アウルスは頷くが、ジュベールとジョルダンは首を傾げていた。
「アイリス様、それはどういった理由でしょうか?」
ジョルダンが令嬢ではなく様を付けて尋ねる。
「宰相であるディッセル候は、良く言えば保守派、悪く言えば懐古主義者です。ですが、全く現実が見えないほど愚かでもありません。エルネストを匿っていることが他国に知られれば、攻めてくるのはロルバンディアだけではないからです」
「アヴァールやマクベス辺りが難癖をつけるには十分でしょうね」
ジュベールが言うように、マクベスやアヴァールは拡張主義を掲げており、質の悪いことに実践までしている。
「そうなれば、エルネストを匿うよりも引き渡してしまう方が、間違いなく正しい。ですが、アレックス王は間違いなく反対します。そこにつけ入る隙があります」
「なるほど、内部対立を煽るのですな」
ジョルダンが悪い笑顔でそう言うと、アイリスは少々ぎこちなく頷く。
「笑っているぞジョルダン。私の婚約者を怖がらせるな」
「申し訳ございません。あまりにも、いい策をお聞きしましたので」
良い陰謀を聞くと笑ってしまう癖があるジョルダンに、アウルスは苦言を呈した。
「ただ、ディッセル候は思いついても実行はできないはずです。これがファルスト公や
「私ならば、シレっと実行しますがね」
「同感です」
暗に主君の言うことを聞かないという、不忠を口にしている
「まあ、私がディッセル候の立場ならば押し通すがな。国家と一個人を秤にかければ、前者に傾くのは当然のことだ」
「殿下は名君であらせられますので」
「殿下は偉大なる我らが主君です」
さらにシレっと二人はアウルスを露骨にご機嫌取りするが、アウルスは苦笑することしかできなかった。
「ロルバンディアにはお二人のように、優れた賢臣がおります。ですが、ファルスト公亡きミスリル王国は佞臣と無能な臣しかいません」
「連合風の言い方をすれば、
「お前はもう少し言葉を選べ!」
息を吐くのと同じように悪口を吐くジュベールに、見かねたジョルダンは背中を叩いた。
「すまんな、アイリス嬢。この二人は口が悪いが、家では良き夫であり父なのだ」
あまりフォローになっていないフォローではあるが、アウルスは見かねてそう言ったが、アイリスは若干微笑んでいた。
「いえ、信じておりますよ」
「だが、確かにそれが理想ではあるな。実行すれば、ディッセル候とアレックス王の仲を分断できる。しなければ、それそれで戦争を行う上での口実は残る」
「その通りです。二番目の策は、そうしたメリットがあります。ですが、同時に一番可能性が低いのです」
「では次の可能性は?」
アウルスが尋ねるとアイリスは三本目の指を立てる。
「次に想定できるのは、我がエフタル家が決起することです。父も兄も、これを好機として行動を起こすでしょう」
「それが二番目の事態と連携してくれれば、尚のことですな」
「そうだなジョルダン、それが我々にとって最も好機と言える」
謀略家であるジョルダンの指摘に、アウルスも同意する。君臣の間で争いが起きている中で、エフタル家が反乱を起こせば、必然的にミスリル王国は分断される。
そこを攻めれば、ミスリル王国は容易く崩れるだろう。
「しかし、アイリス様は恐ろ……切れ者でいらっしゃる」
「ジュベール、お前いい加減にしろ!」
今度はジョルダンがジュベールの頭を叩いた。
「痛いなあ、これでも気を使って発言を……」
「お前、切れ者と言う前に恐ろしいと言いかけたな」
「訂正しただろ!」
「そんなんだからお前は奥方とつまらん喧嘩をするんだ」
「奥方の誕生日を忘れて夫婦喧嘩になった奴に、そういうことは絶対に言われたくない」
気づけば口論を始める尚書令と外務大臣を前に、アウルスは頭を抱えた。
「すまない、アイリス嬢。こいつらは少々下品なところがあるが、それでも私の優れた臣なのだ」
「気にしないでください殿下。お二人が立派な方なのは承知しております」
良くも悪くも、ロルバンディアの臣下たちは風通しが良い。
これは形式や格式に囚われるミスリル王国ではありえないことだ。
だが、この風通しの良さがロルバンディアの強みであり、彼らは十二大公国の一つを攻め滅ぼしてしまった。
思えば、エフタル家でも次兄と三兄もよく悪ふざけをしており、見かねた長兄が仲裁に入り、それでもダメならば父が一喝していた。
そのやり取りを思い出したアイリスは、ロルバンディアに来てよかったと改めて実感したのであった。