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第15話 ファイナルカウントダウン 後編

 現在ロルバンディア軍は慌ただしい毎日を過ごしていた。


 軍政を担当する軍務省、軍令を担当する参謀本部、そして実戦部隊を統括する宇宙艦隊総司令部はミスリル王国侵攻に向けての準備を進めていたからである。


 そして、その準備は現在最終段階を迎えており、軍首脳部たちは参謀本部の会議室に集められていた。


「これより、ミスリル王国侵攻作戦について論議する」


 進行役として参謀総長を務めるバレリス・ウル・ラートル大将が口火を切った。


「まず、今回の参加兵力については第一から第十艦隊までの十個艦隊を投入する。戦闘用艦艇約二万隻、後方支援用艦艇約一万隻を用意する」


 ラートルの発言に全員がざわめき立つ。


 この会議室にいるメンバー全員が、ロルバンディア侵攻に参加した経験を持つ。


「あの時よりも二個艦隊多い十個艦隊も導入するんですね」


 ふと提督の一人がそう漏らしたが、それは全員の気持ちを代弁していた。


「ロルバンディア侵攻時は八個艦隊ですが、流石に王国を滅ぼすとなると容易くは行きませんね」


「まあ、ミスリル王国に戦える力があればの話ですが」


 とある参謀がそうこぼすも、それに同意している者も多いようだ。


「楽観的になるな」


 浮かれている者たちを嗜めるように、宇宙艦隊司令長官であるサヴォイア・アルス・マルケルス大将が不機嫌さを隠さずにそう言った。


「相手を甘く見るな。エフタル公やザーブル元帥がいないとはいえ、かのミスリル王国は連合相手に奮戦した経験がある。浮かれて相手を甘く見た代償は、己の命で支払われることになる。油断をするな」


 一国を滅ぼす軍事力を前にピクニック気分で浮かれている一同を、マルケルスは嗜めた。


「司令長官の言うとおりだ。ロルバンディア侵攻時、ロルバンディア軍は自分たちの強さを盲信し過信した結果、我々に撃破されてしまった。奢りと過信は勝利を遠ざける。白い歯を見せるな」


 普段から冷静沈着なラートルの苦言に、一同の熱意は浮かれから真剣さへと方向転換した。


「殿下もこの戦争をダラダラと始めるつもりは毛頭ない。すでに外務省と情報部のおかげでミスリル王国は孤立し、情報も収集されている。今諸君らの手元にある資料には、情報部が手に入れた情報を元にしている」


 参謀や提督たちの手元にあるタブレットには、ジョルダン率いる情報部が入手したミスリル王国の戦力状況が事細かに記載されていた。


 そこにはエルネストと共に逃れた旧ロルバンディア艦隊についても書かれていた。


「ミスリル軍は現在十五個艦隊を保有し、そこに逆賊エルネスト率いる三個艦隊を含めて十八個艦隊となる。そこに諸侯たちの艦隊を含めれば、艦艇数では我々を上回る」


「それで、その数に勝る相手をどう切り崩すんですか?」


 三大将の一人であるウイリス・ケルトー大将が尋ねると、ラートルは任せろと言わんばかりに口を開く。


「まず、ミスリル軍を分断させる。手始めにエフタル公爵家が、ミドルアース星域にて反乱を起こす。ざっと四個艦隊の兵力でミドルアースを抑える」


「なるほど」


「その上で我々は一気にトールキンを落とす」


 ミスリル王国の首都星を一気に制圧すれば、この戦争も決して長引くことはないだろう。


「兵力を二分割させるわけね。参謀総長、まさかこれだけの作戦じゃないですよね」


 やや挑発的に言うケルトーだが、それは彼以外の諸提督たちも同じ気持ちでいた。


 エフタル公ほどの名将が四個艦隊で反乱を起こせば、相応の兵力を回さざるを得ない。


 だがそれでもロルバンディア軍は多数の敵と対峙することになるだろう。


「いくらルーエル・ラインの内側での内乱と言ってもねえ。二分割させるだけじゃ不足でしょうに」


 ミスリル王国を守護している航行不可能領域、ルーエル・ライン。


 ここを突破せぬ限りは侵攻もできないが、この内側で内乱が勃発した場合、ミスリル軍は単独でこれを鎮圧をするしかない。


「まあ、希望的観測になるが、奴らはルーエル・ラインに絶対的な自信を持っている。エフタル公の反乱鎮圧に倍の八個艦隊を送り込んでくれるだけでも楽ができる。それに、奴らはジュベール卿やジョルダン卿のおかげで孤立無援だ」


 マルケルスが言うように、ミスリル軍はルーエル・ラインを絶対視している。侵攻してくるロルバンディア軍よりも、反乱を起こしたエフタル公を脅威と認識するだろう。


「もちろん、希望的観測だけには任せない。やるからにはとことんまで、掻き回すだけだ。その内容については後ほどルーエル・ラインの攻略と共に話すとして、まず今回の侵攻に関してはアウルス殿下自らが指揮を執る」


 一同がざわめくが、彼らの誇りとも言うべき名将にして名君が率いるのだ。


 高揚しない方がおかしい。


「艦隊についてはまず六個艦隊を第一遠征艦隊として、この指揮官は宇宙艦隊司令長官であるマルケルス大将が率いる」


 堅実性と実績から見れば当然の人事であるが、マルケルスの人柄に全員が拍手する。


「羨ましいねえ」


 ふとケルトーはそう漏らす。


「そして、残りの四個艦隊は先鋒と共に遊撃隊として機能してもらうために第一遊撃艦隊とし、この司令官はウイリス・ケルトー大将を任命する」


 飲んでいた茶を吹き出しそうになるのも無理矢理我慢し、思わずケルトーは呼吸ができなくなってしまう。


「ケルトー大将大丈夫ですか?」


 第二艦隊司令官であるイグニスが背中をさすると、ケルトーは無言で手をあげて大丈夫だと答える。


 その姿にガスコン元帥とマルケルスと共に、ラートルは頭をかいていた。


「あいつで本当に良かったのか?」


 自分が口にしたことではあるが、ケルトーに第一遊撃艦隊を預けることにラートルは不安になる。


「あいつ以外に任せられる人物がいないと言うのもあるが、同時にあのミスリル王国へ先陣を切って暴れ続けられるやつもそうそういないからな」


 推薦したマルケルスが言うように、ケルトーは良くも悪くも周囲の環境に流されない。


 常にマイペースを貫くために、無礼と罵る者もいれば、我を貫きながら周囲の状況や風聞に動じずに恐怖することなく指揮を執るために信望している者もいる。


 その性格は戦場という死と直面する場所ではうってつけであった。


「いずれにしても、ミスリル軍も可哀想だ。ケルトーを相手にするのはワシらでも一苦労だからな。あいつなら、そのままルーエル・ラインを突破してしまうかもしれん」


 ガスコン元帥が笑いながらそう言った。


ルーエル・ラインについては、きちんとした技術と戦術により突破するための方法は構築済みである。


 だが、ケルトーならばそんなものがなくても本当にルーエル・ラインを突破しかけないところがある。


 四年前、マクベス軍に所属していたケルトーは今回と同じく先鋒を任され、ロルバンディア軍二個艦隊を粉砕した実績があった。


 瞬く間に二個艦隊を壊滅させたケルトーの功績は大きいが、この初戦での大勝がロルバンディア侵攻作戦を有利にした。


 ロルバンディア軍は一個艦隊に二個艦隊を壊滅させられ、士気が低下していた。


 その後の戦いも士気の低さから旧ロルバンディア軍は積極策を取れず、常に後手に回るようになり、マクベス軍相手に終始劣勢のまま、主導権を握られ敗北してしまった。


 今回の人事も、ケルトーへの信頼と期待、そしてアウルスが自分を後押ししてくれたことへの褒美としての任命したものである。


「あの時のように、やってくれればいいのですがね」


 ケルトーとは普段から口喧嘩しているラートルであるが、能力自体は認めている。


 故に反対はしなかったが、今なお、むせっぱなしのケルトーに不安を覚えるのであった。


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