首都星トールキンでは現在、宰相ディッセル侯主宰による朝食会が開催されていた。
朝食という割には豪勢な料理がずらりと並び、酒まで用意されており、すでに朝から顔を真っ赤にしている者までいる。
これはミスリル王国が建国されて以来、閣僚たちの意思疎通を図るために朝食を共に取り親睦を深めるという目的から実施されていた。
そんな中でディッセル侯はいつもの陰気な顔をしながら、黙々と食事を取っていたが、そこに秘書が声をかけた。
「閣下、緊急事態です」
「それはこの朝食会を中断させても十分な内容なのだな?」
朝食会はファルスト公の頃に中断されていた。
情報共有が目的だったはずが、実際は親睦という名で朝から酒を飲み、仕事をサボる者が多かった為である。
伝統を廃止させたファルスト公に対し、ディッセル侯は伝統を復活させていった。
ファルスト公は改革者として、ミスリル王国の各種行事や慣行を無駄であると廃止させていったが、伝統を守る貴族としてディッセル候はあえて復活させることで中央の貴族や諸侯たちの指示を得て、宮中を牛耳ることができた。
その伝統を中断させようとする部下をディッセル候はにらみつけるが、彼はおびえながらも黙って頷いていた。
「用件を聞こう」
「エフタル公が遂に決起致しました」
ディッセル候は口元に運ぼうとしたコーヒーを、そのままテーブルへと置きなおした。
「そうか、遂に逆賊となってしまったか」
ディッセル候はナプキンを手に取り口元を拭いた。
後の全員は朝食にも関わらず酒を飲み、酔いつぶれている者までいたが、ディッセル候は気にすることなく手を叩いた。
「全員そのままで聞いてほしい。ついにエフタル公が反乱を起こした」
一同のおしゃべりが終わると共に、呆然としながら彼らはディッセル候へと視線を向けた。
「誠でございますか?」
ヴァンデル伯がワインで顔を赤くさせながら尋ねる。
「嘘を言ってどうする。それに、エフタル公にその兆しがあるのは諸君らも知っていることではないか」
「ですが、閣下はエフタル公が反乱を起こしても構わぬと……」
ヴァンデル伯のとぼけた発言にディッセル候は軽蔑の目を向けた。
「エフタル公に叛意があり、反乱が起きるならば王国の膿を出せる。だが、反乱そのものを放置するとは一言も言った覚えはない」
冷たい視線を向けながらディッセル候はヴァンデル伯を窘めると、知恵が足りないこの外務大臣は途端に拗ねる。
しかし、ディッセル候は意に介さなかった。
「まずはエフタル公の対処をせねばならぬ。改めて協議を行う」
ディッセル候が会議室へ移動しようとするが、慌てた表情をした部下が駆けつけてきた。
「閣下! ミドルアースより急報です!」
「どうした? エフタル公の反乱なら既に届いているぞ」
ただでさえ、朝食会を中止してヴァンデル伯の寝ぼけた言動でディッセル候は不機嫌さを隠さなかった。
「ミドルアース星域はエフタル公によって制圧されました!」
宰相の不機嫌さから当初怯えていた部下であったが、事が事だけにこの速報を伝える。
途端、重臣たちは動揺し始めていた。
「虚報ではあるまいな?」
「嘘ではありません! ミドルアース星域に駐屯する軍は即座に降伏! ラウス候、ベネリ伯共に戦死し、今やミドルアース星域はエフタル公率いる反乱軍の手中にあります!」
ラウス候はミドルアースの総督、ベネリ伯は駐屯軍司令官を務めていたが、その二人が戦死したということは、ミドルアース星域の支配者が代わったことを意味する。
そして、単なる反乱では済まない規模になっているということもだ。
「更なる情報の収集にあたれ」
部下にそう命じると共にディッセル候は、自身の想定の甘かったことに頭を抱えたくなった。
せいぜい一個艦隊程度の戦力が限界のはずのエフタル家が、ミドルアース星域を手に入れてしまえるほどの兵力を有していること。
そして、ミドルアース星域を手にしてしまったという事実は、この懐古主義者な宰相にエフタル公という存在がいかに厄介であるかを再認識させたのであった。
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「エフタル公が反乱を起こしただと!」
急遽集められた閣議にて、報告を聞かされたアレックスは八つ当たりするかのように、ディッセル候に向けて怒気を放った。
「エフタル公は密かに四個艦隊もの兵力を保有しており、ミドルアース星域にはせいぜい一個艦隊程度の戦力しかなく、衆寡敵せず形で占領を……」
「まどろっこしい言い方をするな! ようは、反乱軍相手にミドルアース駐屯軍は降伏したということだろう? 臆病者共が」
アレックスの八つ当たりに対し、ディッセル候は何の反論もしなかった。
というのも、彼を含めて重臣たちはエフタル公がここまでの戦力を有しているなど、想像もしていなかったからである。
「ディッセル候、そもそも貴公はエフタル公にわざと反乱させ、それを鎮圧するつもりでいたな」
ザーブル元帥がエフタル公の反乱について、早期に止めるようにと進言した際、ディッセル候はそれを却下した。
あえてエフタル公に反乱させ、厄介なエフタル家を討伐することで軍部を完全に支配下におくつもりであったからだ。
ザーブル元帥は反乱を起こさせないように進言したが、あえて実行させることで国内の不満分子への見せしめになるためにディッセル候は謀略を巡らせた。
ところが、ふたを開けてみれば全てが想定外であったのだ。
「気づけば四個艦隊もかき集めているとは、これを一体どうやって鎮圧するつもりだ?」
「至急、艦隊を派遣してこれを鎮圧するつもりです」
「そうか、ちなみにそれは誰をあてるつもりだ?」
国王が嫌味を含めながらそう言うと、ヴァンデル伯が挙手をする。
「エルネスト様にお任せするというのはいかがでしょうか?」
ディッセル候は余計なことをという言葉が出るのを抑えながら、ヴァンデル伯をにらみつけるが、ヴァンデル伯は全く意に介さず、というよりもなぜにらまれているのか分からぬと言わんばかりの表情のままであった。
「エルネストに?」
「はい、エルネスト様の艦隊を含め、倍の八個艦隊を投入すれば流石のエフタル公も持たぬでしょう」
ヴァンデル伯の提案にアレックスは不機嫌さから神妙な表情を取る。
親友であり、四年間も日陰者になっていた彼に何かしらの名誉を与えたいと思ったのだろう。
「確かにその手もあるか」
「エルネスト様なら間違いないでしょうな」
それに追従する形で、軍務大臣のトラスト元帥が賛同し、参謀総長であるムダート元帥まで頷いていた。
「エルネストには、汚名返上の機会を与えたいとは思っていたが、確かにこれは好機かもしれんな」
アレックスは感慨深くそう言うが、彼を匿い続けたディッセル候はエルネストを評価してはいなかった。
本人は常にロルバンディアの奪還と、侵略してきたアウルスへの憎しみを口にしていたが、四年の間やり続けたことはひたすらに酒を飲み、愚痴を言い続け、アレックスに媚びるだけでなんら具体的な案を出したことなどなかった。
帝国公認の賊となり果てた事実にも関わらず、平然としていられるその態度は大したものだと思っていたが、実際にはだらしない口先だけの人物であった。
勇ましさは外見と口だけ、そもそもロルバンディアから逃げられたのも、真っ先に逃走を選択したからに他ならない。
幼いころからの友人とはいえ、よくもまあこんなどうしようもない大公世子などを匿おうと思ったものだとディッセル候は呆れていた。
だが、エルネストを匿うという仕事を与えられたからこそ、ファルスト公によって左遷させられていた自分が王太子の目に止まり、こうして復権して宰相にまで就任することができたのだから、運命というものは分からない。
そういう意味では、アレックスは間違いなくディッセル候にとって恩人であり、仕えるべき主君である。
だが、それでもエルネストのような口先だけの無能が、エフタル公を討伐できると思いこむほどディッセル候は己惚れるつもりはなかった。
適任者を見出さない限り、エフタル公の反乱はおそらくミスリル王国始まって以来の大乱となるだろうからだ。