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第17話 婚約戦争 後編

「初戦は制したな」


 旗艦のブリッジにて、エフタル公はそう言った。


「予想以上に脆弱でしたね」


 次男のサラムがそう言うと、三男のイラムを筆頭に全員が頷いていた。


「実戦経験が無さすぎるし、なんといっても貧弱。本来ここには二個艦隊クラスの駐屯軍があったのに」


「大方、諸侯の懐に軍事費が消えているんでしょうね」


 ミスリル王国の諸侯たちは大した軍事力を有していない。


 本来、諸侯たちは王家と主従関係を結んでいるが、独自の軍事力を有しているのが基本である。


 だが、外敵に備える必要性がないこのミスリル王国では、諸侯たちは軍事よりも領地への投資に費用を使っていた。


 ルーエル・ラインという天然の絶対防御が存在する以上、わざわざ好き好んで軍を養う必要性など無いと思っているからである。


 その代わりに諸侯たちは莫大な財源を有しているために、王家に対して強い発言権を有していたのだが、それは敵が存在無いという状況に限定した場合のことだ。


「我が家の軍事力を維持しておいたことが、無駄にならなくてよかったですね。レスタル兄上は本当にすごい」


 レスタルの慧眼さを褒めるイラムであるが、当のレスタルは渋い顔をしている。


「元々は諸侯たちに危機感を与えるためのことであったのだがな」


 国軍に所属しているとはいえ、ミドルアースに広大な領地を有しているエフタル家としては、軍務と共に諸侯としても国防の義務を果たす必要性がある。


 少しでも、諸侯たちに危機感を持たせ、国防への関心と備えを持たせるためにあえてエフタル家は一門を集結して四個艦隊もの兵力を維持し続けていた。


「世の中はつくづく皮肉で出来ているものよ」


 エフタル公がそう言うが、当の本人はどこか浮かない顔をしている。


「国を守るための兵力が国を傾けることになるとはな」


「それはトールキンにて現在進行形で、傾けるところか墓穴を掘っている連中に行ってやりましょうよ。それより、ここからどうします?」


 サラムの質問に、他の将兵たちも同じくと言わんばかりの顔をしている。


「ミドルアースは手中に収めた。このままヴィラールまで向かうぞ」


 ミドルアースはミスリル王国最大の工業地帯であるが、ヴィラール星域はそうした物資が行き来する集積場としての役割を持っている。


「ヴィラールを落とせば、トールキンへの物資の流通も大幅に制限されますね」


「その通りだ。ここを落とせば、我々の兵站はより盤石となる。だが、そろそろ宇宙艦隊も動き出すころだろう」


 イラムが言うようにヴィラールは物資供給の要。


 ここをエフタル軍が制圧すれば、この内乱はより有利に傾くわけだが、それを黙って見ているほどトールキンの連中もマヌケではない。


「ですが、ザーブル元帥は解任されてますよ」


 ザーブル元帥は先日、虚報をもたらしたとして宇宙艦隊司令長官職を解任された。


 元帥位はそのまま、役職無しのままの状況である。


「流石にザーブル元帥は起用されないのでは?」


「あんな酷い仕打ちをされて応じるとは思えませんよ兄上」


 弟たちは否定するが、レスタルは宰相であるディッセル侯をそこまで無能扱いしてはいない。


 本質的には無能ではあるが、それだけならばもっと早く排除されていただろう。


「今の国軍で我々とまともに戦えるのはザーブル元帥しかいない。他の提督達では相手にもならん。それは流石にディッセル侯もわかっているだろう」


「それにローウェンのことだ、あいつならばこの状況を座視するつもりはあるまい。二つ返事で引き受けるかもしれん」


 弟子と行ってもいいほどに、ザーブル元帥と長らく戦場を共にしてきたエフタル公も、レスタルの意見に賛同した。


「父上の言う通りですね。お前たち、立場が逆であったら単身で反乱を起こすかもしれない相手の元に説得へ向かうか?」


 少し浮かれ気味である軍を引き締めるつもりでレスタルは諸将にそう言った。


 全員が、宇宙艦隊に所属していた将兵達であるだけに、ザーブル元帥の能力と性格は理解しているのか、無言のまま神妙な顔つきになる。


「私もザーブル元帥には敬意を持っている。単純に戦いたくないからこそ、正直元帥の出陣はなければと思っている。だが、そんな甘い考え方をするようでは初めから反乱など起こす必要はない」


「レスタルの言う通りである。我々は義挙のつもりで戦いを選択したが、これは国家に向けて反乱を起こしたことに変わりはない。中には親しい戦友達もいるだろう。今からでも、逃げたければ逃げてもいい。誰も咎めはせん」


「これは私戦だ。貴殿らが付き合う必要性はない」


 総大将であるエフタル公と、実質的な大将であるレスタルがあえて逃亡という選択肢を提示するが、誰一人賛同する者はいなかった。


「みくびらんでください」


 厳つい顔をしながら、猛将であるサラムが口を開く。


「そんなことは全員覚悟の上で参加していますよ。今更ここでイモを引くような腰抜けは一人もいません」


「我々はすでにミドルアースを制圧していますし、駐屯軍も打ち取っていますからね。ここで投降したところで銃殺されるか戦場で死ぬかのどちらかです」


「俺たちが生き残るには、勝つしかないんですよ。逃げたところで先はない。であれば、まだ派手に戦った方が生き残れる確率は高いんです」


 サラムやイラムが言うようにエフタル軍は反乱を起こしている。


 すでに、戦いを行っている以上許されるわけがないのであれば、ここで足抜けなど出来るわけがない。


「ま、逃げ出そうとするアホはこの俺がこの俺がやりますけどね」


 サラムらしい勇ましい発言に、全員が苦笑する。


 ただ、サラムならば本当にやりかねないところがあるので、レスタルは笑うに笑えなかった。


「ということで、改めてヴィラールへ向かう」


「先陣は私にお任せを」


 さりげなく父親にイラムは先陣を希望する。


 軍人とは思えないほどの美丈夫であるが、勇ましさに関しては誰にも引けをとらない。


「そうだな、イラムに任せよう。サラム、お前にはミドルアースの掃討を頼む」


「お任せを」


 勇敢で猛将のあだ名に相応しいサラムだが、以外に細かい仕事や拠点制圧後の残敵の掃討などもこなせる。


 ミドルアースは制圧したとはいえ、十二個艦隊を有する国軍相手に油断することはできない。


 戦争とは、どれだけミスをしないかが勝利のカギとなるのだから。 







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